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月夕に落ちる雨の名は
後日談 2 可愛いからって勝確なわけじゃない 2
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「まさか……物の怪が、Vチューバーとは……ね」
お茶に一口口をつけて、菫はため息のように呟いた。
「物の怪とか言わないでよ」
菫の隣に座っていた冴夜がぷう。と、頬を膨らませる。
「物の怪じゃなきゃ……妖怪?」
背の低い石垣に腰かけて、作ってきたいなり寿司を広げて、菫は一人。お茶を飲んでいる。
と、大多数の人には見えているはずだ。
ただ、広げたタッパーの中に入っているいなり寿司の量はおおよそ一人で食べきれるような量ではない。けれど、それは、何故かありえない早さでなくなっていった。
「妖怪じゃないもん! 神使だもん!」
きっぱりと言い切ってから、菫の作ってきたお稲荷さんを口いっぱいに頬張っているのは冴夜。そのさらに隣で黙々といなり寿司を食べているのは臣丞だ。
「どっちでも、たいしてかわらんよ」
菫はそう言ってまた、お茶に口をつける。作ってきたいなり寿司を菫は殆ど食べていない。けれど、無くなる。
「変わるもん!」
もごもご。と、口を動かしながら、冴夜が言った。よく食べる。こんなに細い身体のどこに入るのかというくらいに食べる。
「かわんねえって。どうせ、人には見えないんだし」
菫は気付いていなかったのだが、彼らは人には見えないのだそうだ。
だから、今、何も見えていない人から見たら、菫は一人でいなり寿司をドガ食いしながら、独り言を呟く危ない人だ。
「見えなくないもん!」
また、頬を膨らませる冴夜。それがいなり寿司を頬張っているからなのか、怒っているからなのか分からない。
「うるさいな。黙って食え」
さっきから、黙って冴夜と菫の会話を聞いていた新三が言った。
「それと、食い方が汚い。米粒が飛んだ」
双子の姉? 妹? とは対照的に静かに、けれど、やはり信じられないくらいの量を喰いながら、新三はしれっとしている。見た目は一人なのだが、菫は今、新三と冴夜と臣丞と4人でお茶休憩をしているのだ。ただ、しゃべるのは殆ど冴夜ばかりで、たまに新三が憎まれ口を聞いてくるだけだ。臣丞に至っては『ちわ』と、『いただきます』以外の声を聞いていない。
「喧嘩すんなよ」
区の会議は紛糾したけれど、力の強い商工会と農協の後押しがあって(従業員も多い)管理はそれぞれ当番で回すことになった。再建の費用は子供たちが絶対に自分たちで集めると言ってきかないので、しばらくは小さな石の稲荷の仮社のままとされることになった。
正直な話、社はもう、このままでも問題はない。けれど、人に与えられたものよりも、自分たちで再建したものの方が大切に扱ってもらえると思う。
古い社の取り壊しが始まるまでの間、菫は引き続き掃除をさせてもらっている。今回は色々な人や縁に助けられた。そのことのお礼のような気持ちだった。
ついでと言っては何だけれど、こうして新三たちにも会いに来ている。やつらはツンデレを気取っていても、いなり寿司を持ってくるとイチコロだ。自分たちは神使だと言って譲らないくせに、こんなにチョロくて大丈夫なんだろうかと心配になる。
「喧嘩なんて、してないよ。それと……」
嫌がる新三の腕に自分の腕を絡めて、冴夜がにこにこ笑っている。
いろいろあったけれど、黒羽のことも社のことも、もう、菫が心配することはなくなった。いつかはまた、さびれてしまうかもしれないけれど、そのときはそのときだ。今までもそうだったのだろうし、これからもそうだろう。そんなふうに穏やかに考えられるようになったから、この大騒ぎの祭りも無駄ではなかったのだと、菫は思う。
「ちゃんと見えてるんだからね? 心がキレイな人には!」
確かに、大人たちには彼らは見えない。いや、鈴や葉にはもちろん見えるのだが、普通の大人には見えない。ただ、様子を見に来る小学生には見えるらしい。
たまたま掃除をしに来ていた菫と話しているところを見つかって、冴夜は小学生起業家にスカウトされたのだ。
黒羽稲荷非公式、改め公式キャラクター『黒羽冴夜』として。最近始めたネット配信ではチャンネル登録者がすでに1万人を超えたらしい。立ち絵はCGだが、電子機器を通すと音声はそのまま届くというのが驚きだった。
ちなみに、一緒にスカウトされた新三は蛇蝎を見るかの如く嫌な顔をして逃げた。
案外、社や祠が廃れてしまっても、こんなふうにネットなんて言う場所に生息場所を移して、彼らはあっけらかんと生き延びるのかもしれない。繋がる媒介も、集まる思いも、お手軽で弱いかもしれないけれど、その広さは地域の小さなコミュニティとは比べ物にならないほど大きいのだから。なんて、思うと、少し愉快な気分になった。
お茶に一口口をつけて、菫はため息のように呟いた。
「物の怪とか言わないでよ」
菫の隣に座っていた冴夜がぷう。と、頬を膨らませる。
「物の怪じゃなきゃ……妖怪?」
背の低い石垣に腰かけて、作ってきたいなり寿司を広げて、菫は一人。お茶を飲んでいる。
と、大多数の人には見えているはずだ。
ただ、広げたタッパーの中に入っているいなり寿司の量はおおよそ一人で食べきれるような量ではない。けれど、それは、何故かありえない早さでなくなっていった。
「妖怪じゃないもん! 神使だもん!」
きっぱりと言い切ってから、菫の作ってきたお稲荷さんを口いっぱいに頬張っているのは冴夜。そのさらに隣で黙々といなり寿司を食べているのは臣丞だ。
「どっちでも、たいしてかわらんよ」
菫はそう言ってまた、お茶に口をつける。作ってきたいなり寿司を菫は殆ど食べていない。けれど、無くなる。
「変わるもん!」
もごもご。と、口を動かしながら、冴夜が言った。よく食べる。こんなに細い身体のどこに入るのかというくらいに食べる。
「かわんねえって。どうせ、人には見えないんだし」
菫は気付いていなかったのだが、彼らは人には見えないのだそうだ。
だから、今、何も見えていない人から見たら、菫は一人でいなり寿司をドガ食いしながら、独り言を呟く危ない人だ。
「見えなくないもん!」
また、頬を膨らませる冴夜。それがいなり寿司を頬張っているからなのか、怒っているからなのか分からない。
「うるさいな。黙って食え」
さっきから、黙って冴夜と菫の会話を聞いていた新三が言った。
「それと、食い方が汚い。米粒が飛んだ」
双子の姉? 妹? とは対照的に静かに、けれど、やはり信じられないくらいの量を喰いながら、新三はしれっとしている。見た目は一人なのだが、菫は今、新三と冴夜と臣丞と4人でお茶休憩をしているのだ。ただ、しゃべるのは殆ど冴夜ばかりで、たまに新三が憎まれ口を聞いてくるだけだ。臣丞に至っては『ちわ』と、『いただきます』以外の声を聞いていない。
「喧嘩すんなよ」
区の会議は紛糾したけれど、力の強い商工会と農協の後押しがあって(従業員も多い)管理はそれぞれ当番で回すことになった。再建の費用は子供たちが絶対に自分たちで集めると言ってきかないので、しばらくは小さな石の稲荷の仮社のままとされることになった。
正直な話、社はもう、このままでも問題はない。けれど、人に与えられたものよりも、自分たちで再建したものの方が大切に扱ってもらえると思う。
古い社の取り壊しが始まるまでの間、菫は引き続き掃除をさせてもらっている。今回は色々な人や縁に助けられた。そのことのお礼のような気持ちだった。
ついでと言っては何だけれど、こうして新三たちにも会いに来ている。やつらはツンデレを気取っていても、いなり寿司を持ってくるとイチコロだ。自分たちは神使だと言って譲らないくせに、こんなにチョロくて大丈夫なんだろうかと心配になる。
「喧嘩なんて、してないよ。それと……」
嫌がる新三の腕に自分の腕を絡めて、冴夜がにこにこ笑っている。
いろいろあったけれど、黒羽のことも社のことも、もう、菫が心配することはなくなった。いつかはまた、さびれてしまうかもしれないけれど、そのときはそのときだ。今までもそうだったのだろうし、これからもそうだろう。そんなふうに穏やかに考えられるようになったから、この大騒ぎの祭りも無駄ではなかったのだと、菫は思う。
「ちゃんと見えてるんだからね? 心がキレイな人には!」
確かに、大人たちには彼らは見えない。いや、鈴や葉にはもちろん見えるのだが、普通の大人には見えない。ただ、様子を見に来る小学生には見えるらしい。
たまたま掃除をしに来ていた菫と話しているところを見つかって、冴夜は小学生起業家にスカウトされたのだ。
黒羽稲荷非公式、改め公式キャラクター『黒羽冴夜』として。最近始めたネット配信ではチャンネル登録者がすでに1万人を超えたらしい。立ち絵はCGだが、電子機器を通すと音声はそのまま届くというのが驚きだった。
ちなみに、一緒にスカウトされた新三は蛇蝎を見るかの如く嫌な顔をして逃げた。
案外、社や祠が廃れてしまっても、こんなふうにネットなんて言う場所に生息場所を移して、彼らはあっけらかんと生き延びるのかもしれない。繋がる媒介も、集まる思いも、お手軽で弱いかもしれないけれど、その広さは地域の小さなコミュニティとは比べ物にならないほど大きいのだから。なんて、思うと、少し愉快な気分になった。
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