真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

後日談 1 予兆 4

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「菫さん」

 不意に聞こえた声に、二人してびくり。と、身体を震わせた。恐る恐る振り返る。そこにはいつも通りの鈴がいた。その向こうに黒羽の姿が見える。

「ごめんなさい。和解したから……機嫌直してください」

 そんな菫と新三の様子に、気付いたのか気付かないのか、鈴は項垂れていった。黒羽も少しだけバツの悪いような表情で、指で狐の形を作って、ぺこり。と、頭を下げさせる。

「あ……ああ。うん」

 元々怒ってなんていない。だけど、新三が変なことをいうから、意識してしまう。
 困ったような鈴の顔に何かを、何かの痕跡を探そうとしてしまう。

「菫」

 名前を呼ばれて菫ははっとした。腕組みをしながら、黒羽がじっと見ている。

「痴話喧嘩なら他所でやれ」

 そう言ってから、腕組みを解く。それから、すたすたと歩いてきたかと思うと、菫の腕を掴んで、鈴の方へぐい。と、引っ張って、放り投げた。

「わあっ」

 勢いで、そのまま鈴の腕の中に収まる。

「乱暴なことをするな」

 険しい顔をして鈴が抗議した。和解したはずじゃないのかよ。と、文句を言おうとしたけれど、守るみたいにぎゅっ。とされて、言葉を飲み込む。ちょっとだけ、嬉しい。

「優しく抱いて連れて行ってほしいなら、それでもいいんだかな」

 意地悪な笑顔になって、黒羽が言う。

「「お断りだ」」

 鈴と菫の声が重なった。
 両手を上に向けて、やれやれ。と、いう表情になる黒羽。新三はなにか言いたげだったけれど、黒羽の楽しそうな笑顔を見て、止めにしたようだった。

「それなら………」

 す。と、黒羽が手を前に伸ばす。それから、まるで襖を開けるような仕草で、手を横に払った。

「はよ、帰れ」

 途端に、ふ。と、足元の地面がなくなる。浮遊感。辺りを見回すと、遠く、街の灯りが見えた。
 落ちる。
 と、思った。思って、目を閉じた。閉じた瞬間、ふと、思う。あのまま見ていたら、鈴の中の何かが見えただろうか。

「よかった」

 呟く。

 みえなくて?

 どうして?

「菫さん?」

 落ちていたはずなのに、目を開けると、鈴の家の前だった。視線を上げると、鈴の心配そうな顔があった。

「あいつ……本当にヤバい能力値になってる……。扉も要らないとか……チートかよ」

 憎々しげに鈴は言った。どうやら、黒羽の力で、すっ飛ばされたらしい。確かにチート能力だ。
 Sui◯a要らないじゃん。
 突然の出来事に混乱して、そんなくだらないことを考えてしまう。というか、もしかしたら、菫の思考を逸らすためかも。と、思って、そんなわけ無いと首をふる。
 
「あの……まだ、怒ってます?」

 黙り込んで、返事もしない菫に、鈴が少し情けない声で問いかけてくる。表情は少しどころではなく、情けない。
 だから、菫は考えるのをやめた。多分、いつか、考えなければならない日が来る。その日がくるまで。

「怒ってる」

 と、言ったときの、鈴の情けない顔を菫は忘れない。その表情が、鈴の中に溶けるように重なって見えた何かを、菫の心から追い出してくれた。

「ってのは、嘘。ちょっとだけ、お邪魔していっていいかな?」

 菫の言葉に、わかりやすく鈴の顔が明るくなる。

「もちろんです!」

 そうして、二人は、ドアを開け玄関の中に入っていったのだった。
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