真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

後日談 1 予兆 1

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「いい加減にしろ!」

 と、大声で叫んで、菫はさっさと歩いて行ってしまった。怒らせてしまったようだ。
 けれど、菫も悪いと思う。元々警戒心の薄い人だけれど、黒羽に対してはさらに警戒心が薄いと思う。こんなケダモノの前で気を許しては欲しくない。と、思うのは彼氏としては当然ではないだろうか。と、言っても、本当に悪いのは、菫を助けたときにはあんなに殊勝な顔をしていたくせに、今はしれっとして質の悪い悪戯を仕掛けてくるこの狐だ。

 正直、鈴はこの狐が嫌いだ。
 当たり前だけれど、嫌いだ。
 本当は消えてほしかったくらいだ。

 鈴はあちら側のものが、あちら側だからと言う理由で嫌いになるということはない。同じようにこちら側だからと言って人間が好きなわけでもない。
 だから、黒羽が嫌いなのは、あくまで菫にちょっかいを出してくるからだ。そうでなければ、勝手に悪戯でも何でもすればいい。菫以外の人間が絡まれていたからって理由もなしに助けたりはしない。

 けれど、菫にちょっかいを出してくる以上、こいつは敵だ。
 その認識は、今回の出来事がある前と今と変わらない。

「菫さん」

 すたすた。と、歩いていく菫の背中に声をかける。怒っているのか、聞こえないのか、菫は振り返らない。

「あーあ。だから、こんなところにいないで帰れと言ったんだ」

 にやにや。と、笑いながら黒羽は言った。
 分かっていて菫にちょっかいを出したくせにどの口が言う。と、癇に障る。

「お前……」

 ふざけるな。と、言ってやろうと思っていた。けれど、鈴は口を噤んだ。
 なんだか、同じレベルで喧嘩をするのが馬鹿らしく思えたからだ。
 こいつはなんだかんだ言って、本気で菫と自分の間を邪魔しようとは思っていない。本当は菫が欲しくて堪らない癖に、菫の幸せしか望まない。
 こうして菫や鈴を揶揄って見せるのも、ほんの小さな嫌がらせでしかないのだ。それで本当に二人が喧嘩をするようなことがあれば、きっと、この狐は二人を仲直りさせるために自分が悪役になろうとするのだろう。
 そんな狐の器の大きさが、堪らなく嫌いだ。
 鈴は思う。
 自分の小ささが分かってしまって、嫌いだ。
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