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月夕に落ちる雨の名は
最終話 狐の嫁入り 4
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「……と、言うわけで。だ」
急に、黒羽が菫の腕を掴む。体温も、圧迫も感じる。感覚が戻って来ていた。いや、それだけではなく、黒羽の表情もいつもの皮肉っぽい笑顔に戻っている。
「まあ、しばらくは、預けておいてやるが」
そう言いながら、引き寄せられ……そうになった。
途端に、逆側の手を掴まれて、引っ張られる。
ああ。なんだか、以前にもこんなことがあった気がする。
と、菫は思う。
「調子に乗るなよ? ケダモノ」
もう片方の手を握っているのは菫が想像した通り、鈴だった。あのいなり寿司を買いに行った夜と同じだ。両手を黒羽と鈴に掴まれて、引っ張られる。これは、最初から決まっていた『運命』というやつなのだろうか。
「鈴?」
黒羽に片手を掴まれたままの菫をぐい。と、引き寄せて、鈴は腕の中に収めた。これは俺のだ。と、主張するように。
「菫さんの中にいる人に免じて、話くらいは許してやるけど、触るのは許さない」
黒羽の腕を切り落としそうな視線を向けて、鈴は言った。
「なんだ。ついてくるくせに何も言わんと思ったら、ストーキングしてたのか?」
菫の手を離さないまま、黒羽は鈴に向かって言う。完全に挑発している。にやり。と、音がしそうな笑い。鈴を刺激するのはやめてほしい。と、思ってから、黒羽の言葉の引っかかるところに気付く。
「ついてきてたの?」
二人の会話に思わず割って入る。いつもなら、別れ際、離れがたくて、コーヒーを買って、コンビニの前でしばらく話をしたりする。それが、今夜は早めに帰るという菫を鈴はやけにあっさりと解放した。それは、最初から、菫が黒羽と会うのを『監視』?するつもりだったからなのだろうか。
「ストーキングなんてしてません。鈴が鳴ったから心配で見に来ただけで……」
菫の憶測は、きっと表情に出ていたのだと思う。鈴はぶんぶん。と、首を振った。
「ついてきていたのは否定しないんだな」
鈴の言い訳に横から黒羽がちゃちゃを入れる。ついてきていたのは間違いないらしかった。
「や。その……俺がいたら、菫さん。言いたいこと言えないかと……」
そして、話を立ち聞きしていたのも間違いないらしい。
「もしかして……試してた?」
疑わし気な視線を向けると、鈴はあからさまに挙動不審になった。
今までのことがあったから、鈴がまだ安心しきれてないのは分からないでもない。でも、心配なら声をかけて、黒羽と二人きりにならないようにすればいいと思う。探りを入れられるのは正直、面白くはない。
「ちが……っ。試してなんていないです。菫さん? 違いますよ? 俺はただっ」
レアだな。
と、呑気に菫は思う。
こんなに慌てる鈴の顔を見られるのは、URクラスだろう。面白い(?)ものも見られたことだし、許してあげてもいいかな。なんていう気になってくる。
「ふむ」
そんな二人の様子を見て、黒羽が一人で何かを納得したように頷いた。
「付け入るスキは……なくもない。か」
ぼそり。と、呟く。
「え?」
言っていることの意味が分からなくて、菫は問い返す。すると、ふわ。と、燐の燃える匂いが鼻腔を擽った。すぐ、近くに黒羽の顔。一瞬、間を置いて、瞳の端に落ちることなく、乾く間もなく残っていた涙を舐めとられたのだと気付く。
「ひゃっ……なに? なに、今の??」
意味が分からずに混乱していると、掴んでいた腕を離して、黒羽がにやり。と、笑った。
「雨粒が残っていたゆえ、拭いてやっただけだ」
けろり。としてそんなことを言う。
「ふざけ……っ。雨なんて降ってないだろ! めっちゃ月見えてんじゃんか!」
真っ赤になって反論すると、それがさも面白いというように、黒羽はからから。と、笑った。
「雨も降っておらんのに、なんでそんなところに雫が溜まっとるんだ?」
「……それは」
答えに窮して菫は黙り込んだ。黙り込んだ瞬間気付く。そして、同時にぎゅうう。と、強く引き寄せられた。それこそ、息ができないほど。
「す……すず?」
「消す」
地の底から響くような声色が聞こえる。もぞもぞともがくけれど、鈴の腕が離してくれなくて、顔は見られない。
「やれるものなら、やってみろ」
ぎぎ。と、空気が軋む音がしたような気がした。
なんだか、以前にもこんなことがあったような気がする。気のせいだろうか。いや、気のせいではない。
「あああ!! も。いい加減にしろ!!!」
菫の声が、中天にかかった月の夜に響く。
清かな月がかかる空からはもう、雫が落ちることはなかった。
急に、黒羽が菫の腕を掴む。体温も、圧迫も感じる。感覚が戻って来ていた。いや、それだけではなく、黒羽の表情もいつもの皮肉っぽい笑顔に戻っている。
「まあ、しばらくは、預けておいてやるが」
そう言いながら、引き寄せられ……そうになった。
途端に、逆側の手を掴まれて、引っ張られる。
ああ。なんだか、以前にもこんなことがあった気がする。
と、菫は思う。
「調子に乗るなよ? ケダモノ」
もう片方の手を握っているのは菫が想像した通り、鈴だった。あのいなり寿司を買いに行った夜と同じだ。両手を黒羽と鈴に掴まれて、引っ張られる。これは、最初から決まっていた『運命』というやつなのだろうか。
「鈴?」
黒羽に片手を掴まれたままの菫をぐい。と、引き寄せて、鈴は腕の中に収めた。これは俺のだ。と、主張するように。
「菫さんの中にいる人に免じて、話くらいは許してやるけど、触るのは許さない」
黒羽の腕を切り落としそうな視線を向けて、鈴は言った。
「なんだ。ついてくるくせに何も言わんと思ったら、ストーキングしてたのか?」
菫の手を離さないまま、黒羽は鈴に向かって言う。完全に挑発している。にやり。と、音がしそうな笑い。鈴を刺激するのはやめてほしい。と、思ってから、黒羽の言葉の引っかかるところに気付く。
「ついてきてたの?」
二人の会話に思わず割って入る。いつもなら、別れ際、離れがたくて、コーヒーを買って、コンビニの前でしばらく話をしたりする。それが、今夜は早めに帰るという菫を鈴はやけにあっさりと解放した。それは、最初から、菫が黒羽と会うのを『監視』?するつもりだったからなのだろうか。
「ストーキングなんてしてません。鈴が鳴ったから心配で見に来ただけで……」
菫の憶測は、きっと表情に出ていたのだと思う。鈴はぶんぶん。と、首を振った。
「ついてきていたのは否定しないんだな」
鈴の言い訳に横から黒羽がちゃちゃを入れる。ついてきていたのは間違いないらしかった。
「や。その……俺がいたら、菫さん。言いたいこと言えないかと……」
そして、話を立ち聞きしていたのも間違いないらしい。
「もしかして……試してた?」
疑わし気な視線を向けると、鈴はあからさまに挙動不審になった。
今までのことがあったから、鈴がまだ安心しきれてないのは分からないでもない。でも、心配なら声をかけて、黒羽と二人きりにならないようにすればいいと思う。探りを入れられるのは正直、面白くはない。
「ちが……っ。試してなんていないです。菫さん? 違いますよ? 俺はただっ」
レアだな。
と、呑気に菫は思う。
こんなに慌てる鈴の顔を見られるのは、URクラスだろう。面白い(?)ものも見られたことだし、許してあげてもいいかな。なんていう気になってくる。
「ふむ」
そんな二人の様子を見て、黒羽が一人で何かを納得したように頷いた。
「付け入るスキは……なくもない。か」
ぼそり。と、呟く。
「え?」
言っていることの意味が分からなくて、菫は問い返す。すると、ふわ。と、燐の燃える匂いが鼻腔を擽った。すぐ、近くに黒羽の顔。一瞬、間を置いて、瞳の端に落ちることなく、乾く間もなく残っていた涙を舐めとられたのだと気付く。
「ひゃっ……なに? なに、今の??」
意味が分からずに混乱していると、掴んでいた腕を離して、黒羽がにやり。と、笑った。
「雨粒が残っていたゆえ、拭いてやっただけだ」
けろり。としてそんなことを言う。
「ふざけ……っ。雨なんて降ってないだろ! めっちゃ月見えてんじゃんか!」
真っ赤になって反論すると、それがさも面白いというように、黒羽はからから。と、笑った。
「雨も降っておらんのに、なんでそんなところに雫が溜まっとるんだ?」
「……それは」
答えに窮して菫は黙り込んだ。黙り込んだ瞬間気付く。そして、同時にぎゅうう。と、強く引き寄せられた。それこそ、息ができないほど。
「す……すず?」
「消す」
地の底から響くような声色が聞こえる。もぞもぞともがくけれど、鈴の腕が離してくれなくて、顔は見られない。
「やれるものなら、やってみろ」
ぎぎ。と、空気が軋む音がしたような気がした。
なんだか、以前にもこんなことがあったような気がする。気のせいだろうか。いや、気のせいではない。
「あああ!! も。いい加減にしろ!!!」
菫の声が、中天にかかった月の夜に響く。
清かな月がかかる空からはもう、雫が落ちることはなかった。
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