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月夕に落ちる雨の名は
21 御清と臣丞 4
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「ありがとね。あんたたちが繋がりを戻してくれたから、少なくとも祭りをやっているうちは黒様が消えることは絶対にないわ。下手をすると今までよりも……よっぽど。黒様が望んでるかどうかは知らないけどね」
少し淋しげな顔で、御清が言う。彼女もあの里の娘のことを知っているし、多分権六を除けば、彼女が一番長く黒羽といただろうから、一番黒羽を理解しているのだろう。
「私たちは人間とは違うからね。生きたきゃ生きるし、そうでなかったら自分で仕舞をつけるわ。
生きないのと、生きられないのは違うのよ」
そう言って彼女は子供にするように頭をなでてくれた。きっと、菫が彼女と同じ葛藤を持っていたことに気づいたのだろう。
「……うん」
ものすごく綺麗な年上の女性にそんなふうに扱われて、思わず顔が赤くなる。母親にもあまり撫でられたことがないから、菫は年上の女性に免疫がなかった。
ぎゅ。と、菫の肩を抱く鈴の腕に力がこもる。見上げると、あからさまに面白くない。と、言う顔。
「……おやおや」
鈴の表情に気付いた御清がにやり。と笑う。
「黒様といい。坊やといい。あんた面倒くさいのに捕まる体質なのかい?」
そう言って彼女は鈴の姿を上から下まで無遠慮に眺めた。面倒くさい。の一言に分かりやすく鈴がむっとした表情になる。こんなに鈴の表情が変化するのは珍しい。やっぱり、狐たちといるのにはかなり無理をしているのかと、心配になって顔を見上げていると、視線に気づいたのか、鈴の顔が菫の方を向いて、ものすごくぎこちない笑みが返って来た。
「ぷっ……あはははは。カワイイねえ。心配しなくても盗ったりしないよ」
ばんばん。と、鈴の尻のあたりを叩きながら、御清が言う。
「黒様にだって……そんなつもりはないから、安心しな」
不意に、小悪魔のようだった表情が、寂し気で、真剣で、それでいて優しいものに変わる。
「最初から、あの人は、生まれ変わったあんたとどうにかなろうなんて、欠片も思ってないんだよ? ただ、辛い生涯を終えたあんたが、生まれ変わった先で幸せになったのを見たかっただけなんだ。だから、あんたが選んだ人と幸せになっているのを見て、あんたに貰ったものを返せたって満足したんだと思う」
彼女が言っていることを、推測なのかもしれないけれど、納得できた。彼女が言うように黒羽が思っていたとしたら、今までの行動には説明がつく。
けれど、一つだけ。それで説明がつかないと思うことがあった。
「……でも」
レシピノートの辛子いなりのページに挟まっていた菫の栞。全部満足したのなら、どうして、あれを菫に渡したのだろうか。
過去の色々な黒羽の表情を思い出す。それが、あの里の娘の記憶なのか、自分の記憶なのか、境界は曖昧になっていた。
「菫」
そんな菫の心の中に気付いたように、御清が名前を呼んだ。同時に、鈴の手が、ぎゅ。と、菫の手を握る。見上げると、少し不安そうな鈴の顔。
「あんたは自分の命を生ききって、生まれ変わったんだ。だから、前のことなんて気にすることはない。今を生きるんだよ。それが当たり前で、正しい生き方だ」
真っすぐで強い赤い瞳。
「私たちは生まれ変わるのに時間がかかるけどさ。縁があれば、またどっかで、重なるときもあるさ」
真っすぐで優しい年上の女性の笑顔。
許された気がした。
「……もう、返さないけど……な」
ぼそり。と、低い呟きにはっとして顔を上げると、鈴が真剣な顔で新しい小さな社の方を見ていた。
「おやおや」
そんな鈴を見て、御清が呆れたような表情を浮かべる。
「本当に……面倒なのに捕まったもんだね」
それから、少し悪戯な笑顔になって、菫に視線を移した。
「まあ、困ったら、ここにおいで? あんたは恩人だ。私たち眷属はみんな、あんたの味方だよ」
そう言って、また、年上の美しい女性はまるで母親のように菫の頭を撫でるのだった。
少し淋しげな顔で、御清が言う。彼女もあの里の娘のことを知っているし、多分権六を除けば、彼女が一番長く黒羽といただろうから、一番黒羽を理解しているのだろう。
「私たちは人間とは違うからね。生きたきゃ生きるし、そうでなかったら自分で仕舞をつけるわ。
生きないのと、生きられないのは違うのよ」
そう言って彼女は子供にするように頭をなでてくれた。きっと、菫が彼女と同じ葛藤を持っていたことに気づいたのだろう。
「……うん」
ものすごく綺麗な年上の女性にそんなふうに扱われて、思わず顔が赤くなる。母親にもあまり撫でられたことがないから、菫は年上の女性に免疫がなかった。
ぎゅ。と、菫の肩を抱く鈴の腕に力がこもる。見上げると、あからさまに面白くない。と、言う顔。
「……おやおや」
鈴の表情に気付いた御清がにやり。と笑う。
「黒様といい。坊やといい。あんた面倒くさいのに捕まる体質なのかい?」
そう言って彼女は鈴の姿を上から下まで無遠慮に眺めた。面倒くさい。の一言に分かりやすく鈴がむっとした表情になる。こんなに鈴の表情が変化するのは珍しい。やっぱり、狐たちといるのにはかなり無理をしているのかと、心配になって顔を見上げていると、視線に気づいたのか、鈴の顔が菫の方を向いて、ものすごくぎこちない笑みが返って来た。
「ぷっ……あはははは。カワイイねえ。心配しなくても盗ったりしないよ」
ばんばん。と、鈴の尻のあたりを叩きながら、御清が言う。
「黒様にだって……そんなつもりはないから、安心しな」
不意に、小悪魔のようだった表情が、寂し気で、真剣で、それでいて優しいものに変わる。
「最初から、あの人は、生まれ変わったあんたとどうにかなろうなんて、欠片も思ってないんだよ? ただ、辛い生涯を終えたあんたが、生まれ変わった先で幸せになったのを見たかっただけなんだ。だから、あんたが選んだ人と幸せになっているのを見て、あんたに貰ったものを返せたって満足したんだと思う」
彼女が言っていることを、推測なのかもしれないけれど、納得できた。彼女が言うように黒羽が思っていたとしたら、今までの行動には説明がつく。
けれど、一つだけ。それで説明がつかないと思うことがあった。
「……でも」
レシピノートの辛子いなりのページに挟まっていた菫の栞。全部満足したのなら、どうして、あれを菫に渡したのだろうか。
過去の色々な黒羽の表情を思い出す。それが、あの里の娘の記憶なのか、自分の記憶なのか、境界は曖昧になっていた。
「菫」
そんな菫の心の中に気付いたように、御清が名前を呼んだ。同時に、鈴の手が、ぎゅ。と、菫の手を握る。見上げると、少し不安そうな鈴の顔。
「あんたは自分の命を生ききって、生まれ変わったんだ。だから、前のことなんて気にすることはない。今を生きるんだよ。それが当たり前で、正しい生き方だ」
真っすぐで強い赤い瞳。
「私たちは生まれ変わるのに時間がかかるけどさ。縁があれば、またどっかで、重なるときもあるさ」
真っすぐで優しい年上の女性の笑顔。
許された気がした。
「……もう、返さないけど……な」
ぼそり。と、低い呟きにはっとして顔を上げると、鈴が真剣な顔で新しい小さな社の方を見ていた。
「おやおや」
そんな鈴を見て、御清が呆れたような表情を浮かべる。
「本当に……面倒なのに捕まったもんだね」
それから、少し悪戯な笑顔になって、菫に視線を移した。
「まあ、困ったら、ここにおいで? あんたは恩人だ。私たち眷属はみんな、あんたの味方だよ」
そう言って、また、年上の美しい女性はまるで母親のように菫の頭を撫でるのだった。
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