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月夕に落ちる雨の名は
21 御清と臣丞 3
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「もしかして、あんたたちが助けてくれたの?」
じっとその目が二人を見る。赤い、赤い瞳。心の中まで覗かれているようだった。けれど、嫌な感じがしない。彼女の人柄? のせいだろうか。
「社の繋がりは、眷属だけじゃ元に戻せないわ。ありがと。
30年くらい前にね。たまたま、向こうの社に様子を見に行ったのよ。その時にいきなり繋がりが切れてね。社の中に閉じ込められたまま動けなくなったの」
何処からか出したティッシュで鼻をかんで、その上新三と冴夜の顔まで拭いてやってから、清は言った。きっと、彼女が夢にできた御清だ。もう一人は臣丞。二人とも黒羽狐の眷属だ。
「30年前? もしかして……。
たしか……子供が悪戯して箱を開けてしまったのがそのくらい前だ。あの銀の簪と菫の花が入った箱。それで、ボロボロになっていた花が風で飛ばされてしまって……繋がりが切れてしまった。それから、ずっと向こうの社に閉じ込められたってこと?」
ようやく平静を取り戻したらしい新三がはっとしたように言った。そういえば、眷属の年嵩の二人は子供の事故があった頃から行方が分からなくなったと言っていた。ちょうどその頃に力が弱り始めたというのは、全てのその事故が原因だったのだ。
「あの花は黒様の大切なものだったから。でも、別の花じゃ意味なかった……。あれじゃないと」
きっと、その花はあの女性が黒羽にあげたものだ。その花はあの女性の心そのもの。自分と同じ名前の花に黒羽への思いの全てを込めて渡したのだ。
菫にも、新三のいうことは理解できた。それがただの野の花だとしても、菫だって鈴からもらったら宝物になるだろう。
「あ。あのさ……ちょっと。いいかな? これはどういうこと? 信仰とかなくなってるんじゃなかったのか?」
装置が上手く機能しなくなった理由も、装置がまた機能し始めた理由も分かったし、きっと、拒否してもこの奔流は黒羽に届いているだろう。もう、これで、少なくともしばらくの間は黒羽が消滅するような危険はなくなった。消えようと思っても無理だろう。
だから、菫は聞いてみたのだ。
こんな力がどこからきたのか。
「ああ。これはね。元町にある分社に貯まっていた力なんだよ」
「分社?」
本町の分社。と、聞いて、心臓が一瞬冷たくなる。それは、幼かったあの日、首のない女に追いかけられて菫が逃げ込んで、黒羽に助けられた社だ。何故か吸い寄せられるように足が向かっていた場所。少しだけ周りより温かくて明るく感じた場所だ。
「そう。知らないかい? 大きなうろがある楠の下にある小さな社だよ」
「知ってるけど。なんであんな小さな社に?」
おそらくは詣でる人も殆どいないだろう。三又の辻にあるから通る人は少なくはないけれど、それが社だとすら気づいてはいないはずだ。
「祭りの会場に一番近いからね。目と鼻の先だろ?」
「あ」
確かに、その祭は氏子が始めたわけではない。黒羽が自分の意志で始めたわけでもない。けれど、それは確実に黒羽狐を連想させる。しかも、参加人数は数万人規模だ。S市民の3割は参加していると言われている。もちろん、S市民以外も参加している。よくよく考えてみれば、古い時代にそれだけの規模の祭りがあったはずがない。一年に一日とは言え、一気にそう言ったものが集まってもおかしくはないのだ。
「しかも、祭りは28回目。その間、ずっと分社は繋がっていなかったから、溜まりっぱなしだったのよ」
けらけら。と、笑いながら、御清は言った。
「まあねえ。知らなかったとはいえ、黒様が変な女を社のそばに封印するもんだから、あの女に少し奪われはしたけど……それは、悪いものばかりだったしね。祭りの楽しい気持ちとか、幸せな気持ちとかはあの女には一切持ってかれなかったから、こうやって残ったわけ」
「どおりで……あんなヤバいもんが、うろうろしていて気付かれないなんておかしいと思った」
ぼそり。と、零すように鈴が呟く。あの首なし女がそんなヤバいものだったのだと、菫は初めて知った。確かに怖かったし、ヤバいとは思ったけれど、正直未だに黒犬と何が違うのか見分けはつかないと思う。
じっとその目が二人を見る。赤い、赤い瞳。心の中まで覗かれているようだった。けれど、嫌な感じがしない。彼女の人柄? のせいだろうか。
「社の繋がりは、眷属だけじゃ元に戻せないわ。ありがと。
30年くらい前にね。たまたま、向こうの社に様子を見に行ったのよ。その時にいきなり繋がりが切れてね。社の中に閉じ込められたまま動けなくなったの」
何処からか出したティッシュで鼻をかんで、その上新三と冴夜の顔まで拭いてやってから、清は言った。きっと、彼女が夢にできた御清だ。もう一人は臣丞。二人とも黒羽狐の眷属だ。
「30年前? もしかして……。
たしか……子供が悪戯して箱を開けてしまったのがそのくらい前だ。あの銀の簪と菫の花が入った箱。それで、ボロボロになっていた花が風で飛ばされてしまって……繋がりが切れてしまった。それから、ずっと向こうの社に閉じ込められたってこと?」
ようやく平静を取り戻したらしい新三がはっとしたように言った。そういえば、眷属の年嵩の二人は子供の事故があった頃から行方が分からなくなったと言っていた。ちょうどその頃に力が弱り始めたというのは、全てのその事故が原因だったのだ。
「あの花は黒様の大切なものだったから。でも、別の花じゃ意味なかった……。あれじゃないと」
きっと、その花はあの女性が黒羽にあげたものだ。その花はあの女性の心そのもの。自分と同じ名前の花に黒羽への思いの全てを込めて渡したのだ。
菫にも、新三のいうことは理解できた。それがただの野の花だとしても、菫だって鈴からもらったら宝物になるだろう。
「あ。あのさ……ちょっと。いいかな? これはどういうこと? 信仰とかなくなってるんじゃなかったのか?」
装置が上手く機能しなくなった理由も、装置がまた機能し始めた理由も分かったし、きっと、拒否してもこの奔流は黒羽に届いているだろう。もう、これで、少なくともしばらくの間は黒羽が消滅するような危険はなくなった。消えようと思っても無理だろう。
だから、菫は聞いてみたのだ。
こんな力がどこからきたのか。
「ああ。これはね。元町にある分社に貯まっていた力なんだよ」
「分社?」
本町の分社。と、聞いて、心臓が一瞬冷たくなる。それは、幼かったあの日、首のない女に追いかけられて菫が逃げ込んで、黒羽に助けられた社だ。何故か吸い寄せられるように足が向かっていた場所。少しだけ周りより温かくて明るく感じた場所だ。
「そう。知らないかい? 大きなうろがある楠の下にある小さな社だよ」
「知ってるけど。なんであんな小さな社に?」
おそらくは詣でる人も殆どいないだろう。三又の辻にあるから通る人は少なくはないけれど、それが社だとすら気づいてはいないはずだ。
「祭りの会場に一番近いからね。目と鼻の先だろ?」
「あ」
確かに、その祭は氏子が始めたわけではない。黒羽が自分の意志で始めたわけでもない。けれど、それは確実に黒羽狐を連想させる。しかも、参加人数は数万人規模だ。S市民の3割は参加していると言われている。もちろん、S市民以外も参加している。よくよく考えてみれば、古い時代にそれだけの規模の祭りがあったはずがない。一年に一日とは言え、一気にそう言ったものが集まってもおかしくはないのだ。
「しかも、祭りは28回目。その間、ずっと分社は繋がっていなかったから、溜まりっぱなしだったのよ」
けらけら。と、笑いながら、御清は言った。
「まあねえ。知らなかったとはいえ、黒様が変な女を社のそばに封印するもんだから、あの女に少し奪われはしたけど……それは、悪いものばかりだったしね。祭りの楽しい気持ちとか、幸せな気持ちとかはあの女には一切持ってかれなかったから、こうやって残ったわけ」
「どおりで……あんなヤバいもんが、うろうろしていて気付かれないなんておかしいと思った」
ぼそり。と、零すように鈴が呟く。あの首なし女がそんなヤバいものだったのだと、菫は初めて知った。確かに怖かったし、ヤバいとは思ったけれど、正直未だに黒犬と何が違うのか見分けはつかないと思う。
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