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月夕に落ちる雨の名は
20 祭 2
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「仮の社があればいいのか?」
あちこちで聞こえる話声を割って、よく通る声が聞こえてきて、全員がそちらを向く。そこにはさっきまで重機が置いてあったはずだった。しかし、話が白熱している間にいつの間にか重機は下げられて、軽トラックが横付けされている。
そのわきに老人がいた。
腕組みをして、鳶色の和服を着た小柄な老人だった。瞳には強い光があって、威厳というのだろうか、逆らい難い雰囲気を持っている。表情は普通だけれど、びり。と、何かを感じて、菫は小さく身震いした。
どこかで、会ったことがある?
菫は思う。
「おう。ひさしぶりだな。ジジイ。まあだ生きてやがったか」
腕組みを解いて、片手をあげて、老人は言った。途端に砕けた表情に変わる。話しかけた相手は檀だ。大混乱の中にあっても、その声はよく響く。特に大声を出しているわけではない。それでも、聞こえてくるのだ。
「てめえもジジイだろうが。やっぱり、昨日の目つきの悪いガキは孫かなんかだな。おめえの若い頃にそっくりだ」
答える檀は口では憎まれ口を叩いてはいるけれど、どこか嬉しそうだ。どうやら、昔馴染みらしい。
「あの人は、貴志狼さんのおじいさんで、壱狼さんです」
ずっと、何も言わずに菫の後ろに控えていた鈴が耳元に言う。
貴志狼の祖父。という人のことを、菫は詳しくは知らない。知っているのはものすごくヤバい組織の、ものすごく偉い人だということだけだ。
「長いこと留守にしたからな。こいつは土産だ」
軽トラックの荷台に乗っているものにはブルーシートが掛けられていた。合図すると、軽トラックを運転していた壊滅的に人相の悪い人物がブルーシートを取り払う。
「あ……」
そこには石でできた小さな社が載っていた。
「……え?」
何故そんなものを老人が持ってきたのか、分からずに、菫は狼狽した。貴志狼か葉が話したのだろうか。それにしても、用意が良すぎる気がする。社が崩れたのは昨日だ。一日で用意して持ってこられるものではないのではないだろうか。
「この社はダメだな。こいつらが言う通り、ガキが入ったらあぶねえし壊したらいい。その代わり、立て直すまでは狐様にはここにはいってもらったらいい」
梁が落ちた社をじっと見上げて、老人・壱狼が言った。
「建て替えの費用はうちでもつ」
「何言ってるんだ。あんた。いくらかかると思ってるんだ」
横から口をはさんできたケータの父親に、壱狼は視線すら遣らずに、社を見上げていた。まるで、祈っているようだと、菫は思う。
「大体、他所もんのあんたにそんなことされる義理はない」
壱狼が言い返すことをしないので、ケータの父親はさらに続けた。
「そいつは他所もんじゃねえ。正真正銘ここの氏子だ。夜逃げ同然で出てったから、名簿もそのまんまだ。寄進するってんなら、ダメだっていう理由はないな」
しかし、それを、檀が遮る。横にいた文江も頷いた。三人は氏子仲間だったらしい。
「いや。だから……そんなもん置いたら、管理しないといけなくなるだろう。誰がやるって言うんだ?」
形勢が悪くなっていると理解したのだろうか、少し焦ったようにケータの父親は言った。
「掃除は、僕たちがやるよ!」
「子供会でやればいいでしょ?」
そこで、また、子供たちが手を挙げた。
「お前たちが卒業したら誰がやるんだ? 結局、大人だろう。大体。さっきから聞いてたが、社がなくなっても祭がなくなるわけないじゃないか。お前らバカなのか?」
氏子の老人たちに、壱狼も加わって、明らかに形勢が悪くなっているのを感じたのか、ケータの父親は言葉を選ばなくなっていった。酷い言い方にかちん。ときて、せめて子供相手に汚い言葉を使わないでと口を挟もうとした時だった。
あちこちで聞こえる話声を割って、よく通る声が聞こえてきて、全員がそちらを向く。そこにはさっきまで重機が置いてあったはずだった。しかし、話が白熱している間にいつの間にか重機は下げられて、軽トラックが横付けされている。
そのわきに老人がいた。
腕組みをして、鳶色の和服を着た小柄な老人だった。瞳には強い光があって、威厳というのだろうか、逆らい難い雰囲気を持っている。表情は普通だけれど、びり。と、何かを感じて、菫は小さく身震いした。
どこかで、会ったことがある?
菫は思う。
「おう。ひさしぶりだな。ジジイ。まあだ生きてやがったか」
腕組みを解いて、片手をあげて、老人は言った。途端に砕けた表情に変わる。話しかけた相手は檀だ。大混乱の中にあっても、その声はよく響く。特に大声を出しているわけではない。それでも、聞こえてくるのだ。
「てめえもジジイだろうが。やっぱり、昨日の目つきの悪いガキは孫かなんかだな。おめえの若い頃にそっくりだ」
答える檀は口では憎まれ口を叩いてはいるけれど、どこか嬉しそうだ。どうやら、昔馴染みらしい。
「あの人は、貴志狼さんのおじいさんで、壱狼さんです」
ずっと、何も言わずに菫の後ろに控えていた鈴が耳元に言う。
貴志狼の祖父。という人のことを、菫は詳しくは知らない。知っているのはものすごくヤバい組織の、ものすごく偉い人だということだけだ。
「長いこと留守にしたからな。こいつは土産だ」
軽トラックの荷台に乗っているものにはブルーシートが掛けられていた。合図すると、軽トラックを運転していた壊滅的に人相の悪い人物がブルーシートを取り払う。
「あ……」
そこには石でできた小さな社が載っていた。
「……え?」
何故そんなものを老人が持ってきたのか、分からずに、菫は狼狽した。貴志狼か葉が話したのだろうか。それにしても、用意が良すぎる気がする。社が崩れたのは昨日だ。一日で用意して持ってこられるものではないのではないだろうか。
「この社はダメだな。こいつらが言う通り、ガキが入ったらあぶねえし壊したらいい。その代わり、立て直すまでは狐様にはここにはいってもらったらいい」
梁が落ちた社をじっと見上げて、老人・壱狼が言った。
「建て替えの費用はうちでもつ」
「何言ってるんだ。あんた。いくらかかると思ってるんだ」
横から口をはさんできたケータの父親に、壱狼は視線すら遣らずに、社を見上げていた。まるで、祈っているようだと、菫は思う。
「大体、他所もんのあんたにそんなことされる義理はない」
壱狼が言い返すことをしないので、ケータの父親はさらに続けた。
「そいつは他所もんじゃねえ。正真正銘ここの氏子だ。夜逃げ同然で出てったから、名簿もそのまんまだ。寄進するってんなら、ダメだっていう理由はないな」
しかし、それを、檀が遮る。横にいた文江も頷いた。三人は氏子仲間だったらしい。
「いや。だから……そんなもん置いたら、管理しないといけなくなるだろう。誰がやるって言うんだ?」
形勢が悪くなっていると理解したのだろうか、少し焦ったようにケータの父親は言った。
「掃除は、僕たちがやるよ!」
「子供会でやればいいでしょ?」
そこで、また、子供たちが手を挙げた。
「お前たちが卒業したら誰がやるんだ? 結局、大人だろう。大体。さっきから聞いてたが、社がなくなっても祭がなくなるわけないじゃないか。お前らバカなのか?」
氏子の老人たちに、壱狼も加わって、明らかに形勢が悪くなっているのを感じたのか、ケータの父親は言葉を選ばなくなっていった。酷い言い方にかちん。ときて、せめて子供相手に汚い言葉を使わないでと口を挟もうとした時だった。
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