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月夕に落ちる雨の名は
20 祭 1
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「おいおい。これは何の騒ぎだ?」
聞きなれた声が聞こえた。振り返ると、そこには、檀と文江がいた。恐らく、近所に住んでいる二人は重機の音を聞いて出てきたのだろう。泣きながら子供が大人に食って掛かっている状況に驚いてはいるけれど、落ち着きを払っている姿に、少しほっとする。
「おう。シン坊じゃねえか」
区長の顔を見つけると、檀は気安く声をかけた。呼び方からして、随分と長い付き合いなのが分かる。
「檀さん。あんたまで出てきたのか」
子供みたいに呼ばれたことに気分を害した様子もなく、けれど、ため息をついて、区長は答えた。
恐らく、この社にこれだけの人間が集まるような出来事は、ここ30年くらいはなかったのではないだろうか。さほど広くない境内には、重機やら、作業員やら、子供やら、老人やらでごった返していた。もはや、収拾がついていない。だから、また増えた人に区長がため息をついたのも仕方ないことだったのかもしれない。
「なんだよ。俺が来ちゃ悪いのかい? 俺はここの氏子だぜ?」
そんな区長の溜息に、檀は意地悪く肩眉をあげる。
檀がここの氏子だというのは知っていた。家はすぐそこ。と、指さして見えるほどの距離だ。たしか、区長の家もさほど遠くはない。もう一本先の筋の古い家が並ぶ区画にあったはずだから、もしかすると、区長も元は氏子だったのかもしれない。
「氏子衆は解散になったでしょう? 何もできないんだから」
「させてもらえない。の間違いだろうがよ。勝手に多数決採って、勝手に立ち入り禁止にされたこと忘れてねえぞ? まだ、氏子名簿には何人か生き残ってんだ。口出しはさせてもらうぜ」
恐らく、今のような状態になる前にもこの社の処遇についての議論は散々されていたのだろう。しっかり管理していきたいという昔からの氏子の意見は、近くに新興住宅地ができて後から入ってきた人たちが反対したために多数決で否決されて、放棄が決まってしまったと、檀はぼやいていた。田舎のコミュニティで多数決に逆らうことなんてできない。そうやって、無視されてきたかつての氏子衆にも、燻っている不満は残っていたのだ。
「そうはいってもね。怪我人が出ているのは看過できない。子供たちがけがをしたら……」
「じゃあ、怪我しないように建て直したらいいじゃないですか!」
横から、女の子が声を上げる。チナだ。
「子供は黙ってなさい」
作業員の誰かが言った。こちらは、誰なのか分からない。ただ、早く作業を終わらせたいと思っているだけなのだろう。『子供は黙っていなさい』は、困ったときの大人の常套句だ。
「子供の怪我の話してんだから、子供にも話させろよ!」
今度は男の子が大声で叫ぶ。ケータだ。
大人は困ってすぐに逃げるけれど、そんな意味のない常套句に黙らされるのは、小学校低学年くらいまでだ。拙いかもしれないけれど、彼らにはちゃんとした意志と倫理があって、押さえつけてもそれがなくなることはない。
「お金を出すのは、お父さんお母さんだから、君たちの意見は聞けないんだよ」
区長が諭すように言った。どこか宥めるような響きだったのは、子供たちの言っていることが間違いではないと分かっているからかもしれない。
「お金がないの? それなら、ちっちゃいやつにすればいいじゃん。学校のそばの三角田のところにある大きな木の下のヤツみたないなの」
「私、貯金あります!」
子供たちは必死だった。必死で、大人たちが捨てようとしているものを拾い上げようとしていた。
「お前たちの貯金くらいじゃ無理だろ」
ひらひら。と、手を振って、ケータの父親が言う。
「プラモデルの社ってわけにはいかないんだぞ?」
そのバカにしたような言い方に、普段は人がいい菫も、苛立ちを抑えることができなかった。
確かに見通しの甘い子供の意見かもしれない。けれど、何もせずに面倒くさいから壊してしまえばいいと思うよりは何倍もマシだ。子供たちは何も分からないなりに、地域の小さな社を、祭りを守ろうとしている。それを子供にも分かる言葉で諭そうとするならまだしも、バカにするのが我慢ならない。数日前までどうにかしてほかの方法を探そうとしていた菫も一緒にバカにされていると感じた。
子供たちがまた、何かを言い返している。けれど、大人はそれを適当にあしらっている。そんな膠着状態が続いていた。
聞きなれた声が聞こえた。振り返ると、そこには、檀と文江がいた。恐らく、近所に住んでいる二人は重機の音を聞いて出てきたのだろう。泣きながら子供が大人に食って掛かっている状況に驚いてはいるけれど、落ち着きを払っている姿に、少しほっとする。
「おう。シン坊じゃねえか」
区長の顔を見つけると、檀は気安く声をかけた。呼び方からして、随分と長い付き合いなのが分かる。
「檀さん。あんたまで出てきたのか」
子供みたいに呼ばれたことに気分を害した様子もなく、けれど、ため息をついて、区長は答えた。
恐らく、この社にこれだけの人間が集まるような出来事は、ここ30年くらいはなかったのではないだろうか。さほど広くない境内には、重機やら、作業員やら、子供やら、老人やらでごった返していた。もはや、収拾がついていない。だから、また増えた人に区長がため息をついたのも仕方ないことだったのかもしれない。
「なんだよ。俺が来ちゃ悪いのかい? 俺はここの氏子だぜ?」
そんな区長の溜息に、檀は意地悪く肩眉をあげる。
檀がここの氏子だというのは知っていた。家はすぐそこ。と、指さして見えるほどの距離だ。たしか、区長の家もさほど遠くはない。もう一本先の筋の古い家が並ぶ区画にあったはずだから、もしかすると、区長も元は氏子だったのかもしれない。
「氏子衆は解散になったでしょう? 何もできないんだから」
「させてもらえない。の間違いだろうがよ。勝手に多数決採って、勝手に立ち入り禁止にされたこと忘れてねえぞ? まだ、氏子名簿には何人か生き残ってんだ。口出しはさせてもらうぜ」
恐らく、今のような状態になる前にもこの社の処遇についての議論は散々されていたのだろう。しっかり管理していきたいという昔からの氏子の意見は、近くに新興住宅地ができて後から入ってきた人たちが反対したために多数決で否決されて、放棄が決まってしまったと、檀はぼやいていた。田舎のコミュニティで多数決に逆らうことなんてできない。そうやって、無視されてきたかつての氏子衆にも、燻っている不満は残っていたのだ。
「そうはいってもね。怪我人が出ているのは看過できない。子供たちがけがをしたら……」
「じゃあ、怪我しないように建て直したらいいじゃないですか!」
横から、女の子が声を上げる。チナだ。
「子供は黙ってなさい」
作業員の誰かが言った。こちらは、誰なのか分からない。ただ、早く作業を終わらせたいと思っているだけなのだろう。『子供は黙っていなさい』は、困ったときの大人の常套句だ。
「子供の怪我の話してんだから、子供にも話させろよ!」
今度は男の子が大声で叫ぶ。ケータだ。
大人は困ってすぐに逃げるけれど、そんな意味のない常套句に黙らされるのは、小学校低学年くらいまでだ。拙いかもしれないけれど、彼らにはちゃんとした意志と倫理があって、押さえつけてもそれがなくなることはない。
「お金を出すのは、お父さんお母さんだから、君たちの意見は聞けないんだよ」
区長が諭すように言った。どこか宥めるような響きだったのは、子供たちの言っていることが間違いではないと分かっているからかもしれない。
「お金がないの? それなら、ちっちゃいやつにすればいいじゃん。学校のそばの三角田のところにある大きな木の下のヤツみたないなの」
「私、貯金あります!」
子供たちは必死だった。必死で、大人たちが捨てようとしているものを拾い上げようとしていた。
「お前たちの貯金くらいじゃ無理だろ」
ひらひら。と、手を振って、ケータの父親が言う。
「プラモデルの社ってわけにはいかないんだぞ?」
そのバカにしたような言い方に、普段は人がいい菫も、苛立ちを抑えることができなかった。
確かに見通しの甘い子供の意見かもしれない。けれど、何もせずに面倒くさいから壊してしまえばいいと思うよりは何倍もマシだ。子供たちは何も分からないなりに、地域の小さな社を、祭りを守ろうとしている。それを子供にも分かる言葉で諭そうとするならまだしも、バカにするのが我慢ならない。数日前までどうにかしてほかの方法を探そうとしていた菫も一緒にバカにされていると感じた。
子供たちがまた、何かを言い返している。けれど、大人はそれを適当にあしらっている。そんな膠着状態が続いていた。
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