真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

19 壊しちゃダメだ 4

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「ケータお前なんでこんなところにいるんだ!?」

 もう一度考え直す時間をくださいと。懇願しようとした時だった。社を取り壊そうとしていた解体業者の中の一人が歩み出て、いきなりケータの腕を掴んだ。

「父さん?」

 驚いたような顔をして、ケータが固まる。がっしりとした体格の身体の大きな、いかつい顔をした男性だった。恐らくは40代くらいだろう。作業員の中でも指示を出していたから、現場では責任者のような役割なのかもしれない。

「お前。友達と宿題するとか言って、こんなところで遊んでたのか?」

「違うよ! ちゃんと、勉強してた!」

 じたばた。と、暴れて、父親の腕から逃れようとしている。しかし、父親はその手を離そうとはしない。

「何が勉強だ。勉強道具も持ってないじゃないか」

「今日は! ここにくるじいちゃんばあちゃんに話しを聞くために来たんだよ。メモはナナとチナの担当だから、俺は何にも持ってないだけだ!」

 頭を押さえつけられて、ケータがもがく。かなり強面のケータの父親の剣幕に押されて、ほかの子は声をかけられずに怯えていた。

「そんな嘘ついて! 遊んでばかりで、勉強から逃げてばっかりじゃ、ろくな大人にならんぞ!」
        
 大きな声が社の林に響く。重機の音よりももっと、高圧的な声だった。

「やめてください!!」

 と、思わず叫んでいた。
 八方美人で、事なかれ主義で、臆病な自分がどうして? と、後になって思ったけれど、そのときは何も考えてはいなかった。ただ、この小さな社の小さな悲鳴に気付いてくれた人が責められるのを見ていたくなかったのかもしれない。

「ケータ君は本当に勉強してます! 机に向かってるだけが勉強じゃないじゃないですか」

 ぐい。と、ケータと父親の間に割り込むようにして、菫は言った。

「この子達は、この社のことについて勉強するために来たんです。話も聞かないで遊んでいると決めつけないでください」

 菫の言葉に、ぎろり。と、その父親の目が睨みつけてくる。正直怖い。しかし、一瞬、何かに気付いたように菫の後ろに視線を巡らせると、ぎょっ。とした顔になって、彼は息子からその手を離した。

「と……とにかく! 工事を始めてもいいですよね?」

 明らかに狼狽した様子で、菫の方を見ようともせずに、ケータの父親が言う。

「駄目だよ!! 壊しちゃだめだ!!」

 子供たちが叫ぶ。

「神様がいなくなっちゃうよ!」

 今度は、ケータの方が父親の腕を掴んで言った。

「お家を壊されたら、神様が怒るよ!」

「お祭り、できなくなっちゃう!」

 彼らは、黒羽のことを知らない。祭りは黒羽が始めたわけではない。市内でやるイベントに、市内で最も有名な昔話をテーマに選んだだけだ。黒羽が消えても祭がなくなることはない。
 そもそも、黒羽が消えそうになっているのは、別の要因で。否、それは根本は同じ問題なのかもしれないのだけれど、そうだとしても、子供たちはそんなことを知らない。知らなくても、知らないなりに、その場所が大切なものだと気付いてくれた。子供が必死になって止めてくれるのが、菫には嬉しかった。自分のことのように胸が熱くなった。
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