真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

19 壊しちゃダメだ 3

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「おいおい。君たち、ここは立ち入り禁止だよ?」

 いきなり入ってきた小学生に区長さんが困ったような顔をする。社の周りは草刈りなどが済んですっかり綺麗になっているけれど、石畳がめくれあがったり、社が崩れたりして、まだ危ないところが多いのだ。

「でも。おじいさんたち、入っているじゃないですか」

 勝気そうな少女が真正面から老人を見据えて言う。たしか、チナと呼ばれていた子だ。

「うちのおばあちゃんが、ここの掃除してくれている人がいるって言ってたよ」

 色白のぽっちゃり体形の少年が横から口をはさむ。彼はショウと呼ばれていた子だ。

「うちのおばあちゃんも行ってみようかなって、言ってたもん。腰が痛くて手伝えないけど。そこの小松さんのおばあちゃんがいるから楽しそうだって」

 そんなことを言ってから、区長さんがそちらを向くと、びっくりしたような顔でケータの後ろに隠れてしまう。老人の顔が彼には怒って見えるのだろう。菫にもそう見えた。

「学校の宿題で、黒羽稲荷のことを調べていて。お年寄りの人もいるから、社の話聞けると思ってきたんです。パパもママもこの神社のこと、あったってこともしらなかったから」

 背の高い気の弱そうな少女・ナナが付け加える。こちらは、気が弱そうに見えて、意外にも少し強面の区長相手にも臆している様子はない。

「社が崩れて危ないから、入っちゃだめだよ。もう、お掃除は終わり。社も取り壊すからね」

「や。待ってください!」

 手で追い払うような仕草をして子供たちばかりか菫や鈴も追い払おうとする口調に菫は食い下がった。

「いくら何でも、昨日の今日で壊すっていうのは……。せめて仮の社を作って……あの。お金は何とかしますから」

 そんなことを言ってみたものの、当てなどない。大体、仮の社がいくらくらいで用意できるのか想像もつかない。

「そんなことを言われても……」

 菫の必死な様子に気おされたように区長が戸惑いの表情を浮かべる。工事業者まで呼んでおいて、簡単に予定を覆すことなんてできないのだろう。

「え? 壊しちゃうの?」

 そんな菫と区長のやり取りを聞いて、横からケータが割り込んできた。

「なんで? じゃ、黒羽祭なくなっちゃうの?」

 区長のそばに詰め寄って、問いかける。

「来年はクラスで踊りに参加しようってみんなで約束したのに!」

 社がなくなる=祭がなくなる。ということだと思ったらしい。けれど、本来ならそれは間違ってはいない。この社の、というよりも、黒羽の名を冠する祭が残るのに、黒羽が消えてしまうなんて皮肉過ぎる。

「いやいや。祭がなくなるわけじゃない。ここがなくなるだけだよ」

 今度は真っすぐな目をした子供に問い詰められて、区長はこれ以上面倒はごめんだとばかりに弁解をした。

「え? なんでですか? ここの神様のお祭なのに、神様がなくなちゃったら、ダメじゃない? それって、お祭りじゃなくないですか?」

 菫が思っているのと同じことをストレートに訊ねたのは育ちの良さそうなユーマという少年だ。大人だったら言いにくいことかもしれないけれど、子供には忖度という言葉は通じない。

「そーだよ。学校では地域の特色は大事だって教わったぜ? それなのに、昔話の神社とかほったらかしでいいの?」

「私たち折角、グループ学習で勉強したのに、昔話の神様がいなくなっちゃうんですか?」

「神様の家を壊したら、バチあたるんじゃない?」

「怒られるよ!?」

「いや。ちょっと待ちなさい」

 子供たちに詰め寄られて、困った表情で区長は狼狽えていた。
 子供たちの言っていることはどれも正論だ。ただ、正論だからといって、全てをその通りにできるかと言えば、現実がそんなに甘くないことくらいは菫には分かっている。だから、区長を責める気はないし、断罪する気もない。
 ただ、ズルい考え方かもしれないけれど、子供たちが自分の言いたくても言えないことを言ってくれるのはありがたかった。社さえ機能すれば、きっと、この純粋な子供たちだって、黒羽と繋がることができる。彼らは何も知らなかっただけだ。その子供たちが学んで、知った上でなくなってほしくないと思ってくれているのだ。その言葉は菫の背中を押してくれた。

「あの……ほんの少しでいいんです。待ってもらえ……」
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