真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
370 / 392
月夕に落ちる雨の名は

19 壊しちゃダメだ 2

しおりを挟む
「そんな怪我までして、ここに所縁もないあんたがしなくてもいいんだ。あんなみたいな若い子が責任をとらなくてもいいんだよ」

 区長の目には菫がよほど怯えているように見えていたのだろう。ため息を吐いてから、区長は穏やかな声に変わった。さっきまでのきつい言い方は菫を諦めさせるだったのだろうか。

「あんたが良い人だってのはわかってるよ。報酬もなしに独りでこんなとこに通ってるの。俺も見てた。
 けどなあ。あんた若いんだから、こんなところで、壊れかけた社なんてかまってないで、もっとやりたいことあるだろ?」

 もしかしたら、強気に出ても引かない菫を今度は下手に出て懐柔しようとしているのかもしれない。
 と。考えてから、それが酷く卑屈な捉え方だと嫌になる。

「こういうのに縛られるのは、ジジイどもまででいいんだ。あんたらがやることじゃない。罰が当たるって言うなら私らが受ける。だから、もうやめなさい」

「……ちがう」

 区長の言葉を悪意でうけとっても意味がないのだとはわかっている。本当に罰が当たる何かがここにあるのだということを、信じてる人は彼らの世代でも多くはない。そして、こんな風に失われていくものたちが、罰を当てないでいることの意味を彼らは知らない。

「……罰を受ければ、壊しても……いいわけじゃない」

 菫の小さな呟きは、重機の音にかき消された。区長が怪訝そうな顔で見つめている。
 人を愛して守った者たちは、その力が罰を当てることができなくなるまで、信じて待っている。いつか、かつてのように心を寄せ合えるときが帰ってくること。そして、それができないと絶望したときにはもう、何の力も残ってはない。愛された欠片だけを抱えて消えていく。
 罰が当たらないからと言って、消えていくものに思いがなかったわけではないのだ。
 菫は知っていた。
 彼らだって、繋がりたい。愛されたい。消えることよりも、忘れられることの方が辛い。ここにいるのだと、思い出してほしい。ただ、それだけ。

「菫さん」

 鈴が菫の肩に置いた手でそっと、撫でる。受け取り方は違うかもしれないが、鈴だって同じようなものを見てきた。菫の思いを鈴はわかってくれている。
 けれど、黒羽にはその相手がもう、いない。それが悲しい。
 悲しいけれど、それ以上、何と言って止めていいのか分からなかった。 

「すみれさん!」

 不意に元気のいい声が、重機の音をかき消すように響いた。

「あ。本当だ! 図書館のすみれお兄さん!」

 別の声。その声には聞き覚えがある。

「すみれお兄さん」

 振り返ると、そこには以前図書館に訪れた子供たちがいた。S市の伝承や祭りを調べていた近くの小学校の子供たちだ。

「……あ。あのときの、平小の子たち」

「おはようございます!」

 元気よくぺこり。と、頭を下げたのは、あのサッカー少年ケータだ。

「ケータ君。おはよう」

 戸惑いながらも挨拶を返すと、真っ黒に日焼けした顔がに。っと笑って、白い歯が見えた。

「すみれさんが貸してくれた本。面白かった!! また、自転車で借りに行くよ」

「昔話のグループ学習もまとまってきたよ」

「今度、お祭りの始まった頃の本借りに行きたいけど、あるかな?」

「あ。私、角川つばさ文庫のね。〇〇〇って本読みたいんだけど、ありますか?」

「図書館ってパソコン持ち込んでもいいんですか? 電源とれるところってあります?」

 子供たちが一斉に話しかけてくる。あの時にいた5人が全員いた。本当に仲良しのようで、その元気な姿に冷えていた心が少しだけ温かくなったような気がした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...