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月夕に落ちる雨の名は
19 壊しちゃダメだ 2
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「そんな怪我までして、ここに所縁もないあんたがしなくてもいいんだ。あんなみたいな若い子が責任をとらなくてもいいんだよ」
区長の目には菫がよほど怯えているように見えていたのだろう。ため息を吐いてから、区長は穏やかな声に変わった。さっきまでのきつい言い方は菫を諦めさせるだったのだろうか。
「あんたが良い人だってのはわかってるよ。報酬もなしに独りでこんなとこに通ってるの。俺も見てた。
けどなあ。あんた若いんだから、こんなところで、壊れかけた社なんてかまってないで、もっとやりたいことあるだろ?」
もしかしたら、強気に出ても引かない菫を今度は下手に出て懐柔しようとしているのかもしれない。
と。考えてから、それが酷く卑屈な捉え方だと嫌になる。
「こういうのに縛られるのは、ジジイどもまででいいんだ。あんたらがやることじゃない。罰が当たるって言うなら私らが受ける。だから、もうやめなさい」
「……ちがう」
区長の言葉を悪意でうけとっても意味がないのだとはわかっている。本当に罰が当たる何かがここにあるのだということを、信じてる人は彼らの世代でも多くはない。そして、こんな風に失われていくものたちが、罰を当てないでいることの意味を彼らは知らない。
「……罰を受ければ、壊しても……いいわけじゃない」
菫の小さな呟きは、重機の音にかき消された。区長が怪訝そうな顔で見つめている。
人を愛して守った者たちは、その力が罰を当てることができなくなるまで、信じて待っている。いつか、かつてのように心を寄せ合えるときが帰ってくること。そして、それができないと絶望したときにはもう、何の力も残ってはない。愛された欠片だけを抱えて消えていく。
罰が当たらないからと言って、消えていくものに思いがなかったわけではないのだ。
菫は知っていた。
彼らだって、繋がりたい。愛されたい。消えることよりも、忘れられることの方が辛い。ここにいるのだと、思い出してほしい。ただ、それだけ。
「菫さん」
鈴が菫の肩に置いた手でそっと、撫でる。受け取り方は違うかもしれないが、鈴だって同じようなものを見てきた。菫の思いを鈴はわかってくれている。
けれど、黒羽にはその相手がもう、いない。それが悲しい。
悲しいけれど、それ以上、何と言って止めていいのか分からなかった。
「すみれさん!」
不意に元気のいい声が、重機の音をかき消すように響いた。
「あ。本当だ! 図書館のすみれお兄さん!」
別の声。その声には聞き覚えがある。
「すみれお兄さん」
振り返ると、そこには以前図書館に訪れた子供たちがいた。S市の伝承や祭りを調べていた近くの小学校の子供たちだ。
「……あ。あのときの、平小の子たち」
「おはようございます!」
元気よくぺこり。と、頭を下げたのは、あのサッカー少年ケータだ。
「ケータ君。おはよう」
戸惑いながらも挨拶を返すと、真っ黒に日焼けした顔がに。っと笑って、白い歯が見えた。
「すみれさんが貸してくれた本。面白かった!! また、自転車で借りに行くよ」
「昔話のグループ学習もまとまってきたよ」
「今度、お祭りの始まった頃の本借りに行きたいけど、あるかな?」
「あ。私、角川つばさ文庫のね。〇〇〇って本読みたいんだけど、ありますか?」
「図書館ってパソコン持ち込んでもいいんですか? 電源とれるところってあります?」
子供たちが一斉に話しかけてくる。あの時にいた5人が全員いた。本当に仲良しのようで、その元気な姿に冷えていた心が少しだけ温かくなったような気がした。
区長の目には菫がよほど怯えているように見えていたのだろう。ため息を吐いてから、区長は穏やかな声に変わった。さっきまでのきつい言い方は菫を諦めさせるだったのだろうか。
「あんたが良い人だってのはわかってるよ。報酬もなしに独りでこんなとこに通ってるの。俺も見てた。
けどなあ。あんた若いんだから、こんなところで、壊れかけた社なんてかまってないで、もっとやりたいことあるだろ?」
もしかしたら、強気に出ても引かない菫を今度は下手に出て懐柔しようとしているのかもしれない。
と。考えてから、それが酷く卑屈な捉え方だと嫌になる。
「こういうのに縛られるのは、ジジイどもまででいいんだ。あんたらがやることじゃない。罰が当たるって言うなら私らが受ける。だから、もうやめなさい」
「……ちがう」
区長の言葉を悪意でうけとっても意味がないのだとはわかっている。本当に罰が当たる何かがここにあるのだということを、信じてる人は彼らの世代でも多くはない。そして、こんな風に失われていくものたちが、罰を当てないでいることの意味を彼らは知らない。
「……罰を受ければ、壊しても……いいわけじゃない」
菫の小さな呟きは、重機の音にかき消された。区長が怪訝そうな顔で見つめている。
人を愛して守った者たちは、その力が罰を当てることができなくなるまで、信じて待っている。いつか、かつてのように心を寄せ合えるときが帰ってくること。そして、それができないと絶望したときにはもう、何の力も残ってはない。愛された欠片だけを抱えて消えていく。
罰が当たらないからと言って、消えていくものに思いがなかったわけではないのだ。
菫は知っていた。
彼らだって、繋がりたい。愛されたい。消えることよりも、忘れられることの方が辛い。ここにいるのだと、思い出してほしい。ただ、それだけ。
「菫さん」
鈴が菫の肩に置いた手でそっと、撫でる。受け取り方は違うかもしれないが、鈴だって同じようなものを見てきた。菫の思いを鈴はわかってくれている。
けれど、黒羽にはその相手がもう、いない。それが悲しい。
悲しいけれど、それ以上、何と言って止めていいのか分からなかった。
「すみれさん!」
不意に元気のいい声が、重機の音をかき消すように響いた。
「あ。本当だ! 図書館のすみれお兄さん!」
別の声。その声には聞き覚えがある。
「すみれお兄さん」
振り返ると、そこには以前図書館に訪れた子供たちがいた。S市の伝承や祭りを調べていた近くの小学校の子供たちだ。
「……あ。あのときの、平小の子たち」
「おはようございます!」
元気よくぺこり。と、頭を下げたのは、あのサッカー少年ケータだ。
「ケータ君。おはよう」
戸惑いながらも挨拶を返すと、真っ黒に日焼けした顔がに。っと笑って、白い歯が見えた。
「すみれさんが貸してくれた本。面白かった!! また、自転車で借りに行くよ」
「昔話のグループ学習もまとまってきたよ」
「今度、お祭りの始まった頃の本借りに行きたいけど、あるかな?」
「あ。私、角川つばさ文庫のね。〇〇〇って本読みたいんだけど、ありますか?」
「図書館ってパソコン持ち込んでもいいんですか? 電源とれるところってあります?」
子供たちが一斉に話しかけてくる。あの時にいた5人が全員いた。本当に仲良しのようで、その元気な姿に冷えていた心が少しだけ温かくなったような気がした。
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