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月夕に落ちる雨の名は
幕間 三食昼寝溺愛付き 後編 6
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怯える?
無意識に考えたのだけれど、それは鈴の菫を独占したいという気持ちの根の部分を言い表しているように思う。鈴が時折見せる陰り。それは、怯えという言葉に置き換えると、とても、しっくりとくる気がした。
「鈴」
黙ってしまった菫を少し不安そうな鈴が見ている。
ああ。鈴は怖いのか。
と、思う。何が。かは分からない。別れるのが。とか、そんな単純な理由ではないと思う。ただの勘だけれど。
「鈴」
だから、菫はできるだけ、優しく、ゆっくりと、迷子の子供に聞かせるように言った。
「鈴が。なにをしても。どうなっても。それが、全部。間違いでも。鈴が。望んだことなら、いいんだよ」
そっと、頭を撫でる。
たぶん、まだ、鈴のことを何も知らない自分が、鈴にしてあげられることはこれくらいだ。
「菫さん」
両手で鈴の頬を包み込んで、キスを送る。
それでも、確信できる。たとえ、鈴の心の中の怯えの正体を知っても、菫は鈴が好きだ。
「何が、あっても。鈴が。変わってしまっても。鈴が、俺を……好き。じゃなくなっても。俺は、好きだ」
同じような陳腐なセリフなのに、何故か、今度は自分の心を伝えられた気がした。
「だからさ。嫌なこととか、不安なこととか、その。閉じ込めたい。とか、でもいいから、言って? 俺も、言葉にする」
何故か、泣きそうな顔をしてから、鈴はまた、ぎゅ。と、菫を抱きしめた。苦しくて、息ができないほどの抱擁だった。
「……菫」
耳元に声が聞こえる。
「あなたを好きになって。よかった」
安堵の吐息を吐くように、鈴が言う。それから、身体を少しだけ離して、鈴は菫の顔を見た。
「好きです」
菫の言葉の何が、鈴をそんな顔にしたのか分からない。
それでも、鈴は笑ってくれた。
優しくて、嬉しそうで、温かな、心からの笑顔に見えた。
つられて、菫も笑顔になる。鈴が笑ってくれるだけで、充分だ。
「すき……だから。その。もう少し……」
ちら。と、時計を見てから、少し遠慮がちに鈴が呟く。
「もう少しだけ。こうしていていいですか?」
時計の針はもう、10時を回っている。メッセージは送っておいたけれど、きっと、椿は心配しているだろう。けれど、菫もそれには気付かないふりをした。
「……あれ? 閉じ込めてくれるんじゃないの?」
そうして菫は少し意地の悪い笑顔を作って言う。
「……閉じ込められるくらいの経済力がついてからにしときます」
少し思案気な顔をしてから、大真面目に答える鈴。その言葉に菫は思わず吹き出した。
「三食昼寝付きな」
菫の答えに鈴も笑う。
「おやつもつけます。ほら。あれ」
そう言ってから一呼吸置く。
「「緑風堂のほうじ茶プリン」」
その言葉が完全にかぶったから、二人してまた笑う。
夏の終わり。気の早い秋の虫の音色が聞こえ始める。そんな夜の出来事だった。
無意識に考えたのだけれど、それは鈴の菫を独占したいという気持ちの根の部分を言い表しているように思う。鈴が時折見せる陰り。それは、怯えという言葉に置き換えると、とても、しっくりとくる気がした。
「鈴」
黙ってしまった菫を少し不安そうな鈴が見ている。
ああ。鈴は怖いのか。
と、思う。何が。かは分からない。別れるのが。とか、そんな単純な理由ではないと思う。ただの勘だけれど。
「鈴」
だから、菫はできるだけ、優しく、ゆっくりと、迷子の子供に聞かせるように言った。
「鈴が。なにをしても。どうなっても。それが、全部。間違いでも。鈴が。望んだことなら、いいんだよ」
そっと、頭を撫でる。
たぶん、まだ、鈴のことを何も知らない自分が、鈴にしてあげられることはこれくらいだ。
「菫さん」
両手で鈴の頬を包み込んで、キスを送る。
それでも、確信できる。たとえ、鈴の心の中の怯えの正体を知っても、菫は鈴が好きだ。
「何が、あっても。鈴が。変わってしまっても。鈴が、俺を……好き。じゃなくなっても。俺は、好きだ」
同じような陳腐なセリフなのに、何故か、今度は自分の心を伝えられた気がした。
「だからさ。嫌なこととか、不安なこととか、その。閉じ込めたい。とか、でもいいから、言って? 俺も、言葉にする」
何故か、泣きそうな顔をしてから、鈴はまた、ぎゅ。と、菫を抱きしめた。苦しくて、息ができないほどの抱擁だった。
「……菫」
耳元に声が聞こえる。
「あなたを好きになって。よかった」
安堵の吐息を吐くように、鈴が言う。それから、身体を少しだけ離して、鈴は菫の顔を見た。
「好きです」
菫の言葉の何が、鈴をそんな顔にしたのか分からない。
それでも、鈴は笑ってくれた。
優しくて、嬉しそうで、温かな、心からの笑顔に見えた。
つられて、菫も笑顔になる。鈴が笑ってくれるだけで、充分だ。
「すき……だから。その。もう少し……」
ちら。と、時計を見てから、少し遠慮がちに鈴が呟く。
「もう少しだけ。こうしていていいですか?」
時計の針はもう、10時を回っている。メッセージは送っておいたけれど、きっと、椿は心配しているだろう。けれど、菫もそれには気付かないふりをした。
「……あれ? 閉じ込めてくれるんじゃないの?」
そうして菫は少し意地の悪い笑顔を作って言う。
「……閉じ込められるくらいの経済力がついてからにしときます」
少し思案気な顔をしてから、大真面目に答える鈴。その言葉に菫は思わず吹き出した。
「三食昼寝付きな」
菫の答えに鈴も笑う。
「おやつもつけます。ほら。あれ」
そう言ってから一呼吸置く。
「「緑風堂のほうじ茶プリン」」
その言葉が完全にかぶったから、二人してまた笑う。
夏の終わり。気の早い秋の虫の音色が聞こえ始める。そんな夜の出来事だった。
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