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月夕に落ちる雨の名は
幕間 三食昼寝溺愛付き 前編 2
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ヴヴ。
と、ふと、聞こえた着信音。辺りを見回すと、鈴が持ってきてくれて、置いておいてくれた菫のトートバッグが目に入った。
「あ、そだ」
椿に連絡を入れておこうと思う。まだ、時間は早いけれど、鈴が帰ってきたら、また、連絡忘れてしまうかもしれない。いろいろもろもろあって。
立ち上がろうと身体を動かすと、ズキ。と、頭が痛む。大した傷ではなかったけれど、なんともないというわけにもいかないみたいだと、苦笑する。
こんな傷で済んでよかった。もし、重症を負っていたら、もう、あの社には入らせてもらえなかっただろう。
「ありがとうな」
取り上げたバッグの中から、銀の簪を取り出して撫でる。なんだか、少しだけ温かい。バッグ中に他に温まるようなものを入れてあっただろうか?
思い当たるものはなかった。
「西日が当たってたのかな?」
鈴のうちは窓が大きい。まだ、少しだけ残っていた明かりが当たって温められていたのかもしれない。
そんなことを、考えながら、少し遅くなる。御飯食べて帰る。と、椿にメッセージを送った。
鈴といることと、怪我をしたことは、家に帰るまで、伏せておく。今は、無理やり帰れと、鈴と引き離されたくなかった。
「ただいま」
メッセージを送り終わるのを待っていたかのように、玄関のドアが開く音がして、続いて、鈴の声が聞こえた。
思わず立ち上がって、リビングのドアに駆け寄る。一部がすりガラスになっているドアの向こうに、背の高い人の姿が見えて、どうしようもないくらいに心が踊る。
鈴が帰ってきた。
ドアを開けようとして、菫は手を止めた。一瞬躊躇う。ドアの向こうが社のあるあの境内になっていたら、どうしよう。
「あ……」
そう思った瞬間に、あっけなくドアは開いた。
「あ……れ? どうしたんですか?」
そこには、なんのひねりもなく、鈴が立っていた。安堵して、思わずその胸に飛び込む。なんのひねりもなく、それは正しく菫の大好きな人だった。
「菫さん?」
戸惑うような声色。鈴は少し困ったような、それでいてすごく嬉しそうな顔をしていた。
「どうしたんですか? 何か、怖いことでもありました?」
その腕がそっと背中に回って、抱きしめてくれる。優しい声色が耳朶を擽る。
ああ。この場所に戻って来ることができた。と、喜びが溢れ出す。
「鈴。鈴……好きだよ」
溢れ出した言葉がそのまま、口から零れ落ちた。
「も……こんなふうに……抱きしめてもらえないと……思った。嫌われたと思って、怖かった。鈴がいなくなったら……どうしようって……眠れなくて。なんも美味しくないし。全部白黒に見えるし……なんども……なんども、LINE確認して……怖くて……」
いつもなら、こんなに素直に言えない。菫は意地っ張りな方ではないけれど、自分が少なくとも可愛いと表現できる年齢の男ではないと知っているから、こんな甘えるようなこと、言ったことはない。そもそも、兄以外に甘えたことなどないし、それすら体調の悪い時限定だ。
「あえなくて……寂しかった」
それなのに、今日は嘘のように素直に言葉が溢れる。きっと明日になったら恥ずかしくて死にたくなるだろうけれど、今日は恥ずかしいなんて考える余裕はなかった。
「菫さん」
菫の告白に、鈴の腕の力が強くなる。苦しくて息ができなくなりそうなほどの抱擁だった。
「不安にさせてごめんなさい。もう二度と、あんなふうに連絡を絶ったりはしません。約束します」
鈴の手が、そっと頬に触れて、視線を上へと促される。されるがままに上を向くと、鈴の信じられないくらいに綺麗で真剣な顔がそこにあった
「だから、いつも、こんなふうに。俺のものでいて?」
そんなの言われなくても、ずっとそうだよ。
と、口に出すことはできなかった。
鈴の唇が、菫のそれに重なったからだ。
「……ん。ふ」
それは、砂糖菓子のように甘い。甘いキスだった。
と、ふと、聞こえた着信音。辺りを見回すと、鈴が持ってきてくれて、置いておいてくれた菫のトートバッグが目に入った。
「あ、そだ」
椿に連絡を入れておこうと思う。まだ、時間は早いけれど、鈴が帰ってきたら、また、連絡忘れてしまうかもしれない。いろいろもろもろあって。
立ち上がろうと身体を動かすと、ズキ。と、頭が痛む。大した傷ではなかったけれど、なんともないというわけにもいかないみたいだと、苦笑する。
こんな傷で済んでよかった。もし、重症を負っていたら、もう、あの社には入らせてもらえなかっただろう。
「ありがとうな」
取り上げたバッグの中から、銀の簪を取り出して撫でる。なんだか、少しだけ温かい。バッグ中に他に温まるようなものを入れてあっただろうか?
思い当たるものはなかった。
「西日が当たってたのかな?」
鈴のうちは窓が大きい。まだ、少しだけ残っていた明かりが当たって温められていたのかもしれない。
そんなことを、考えながら、少し遅くなる。御飯食べて帰る。と、椿にメッセージを送った。
鈴といることと、怪我をしたことは、家に帰るまで、伏せておく。今は、無理やり帰れと、鈴と引き離されたくなかった。
「ただいま」
メッセージを送り終わるのを待っていたかのように、玄関のドアが開く音がして、続いて、鈴の声が聞こえた。
思わず立ち上がって、リビングのドアに駆け寄る。一部がすりガラスになっているドアの向こうに、背の高い人の姿が見えて、どうしようもないくらいに心が踊る。
鈴が帰ってきた。
ドアを開けようとして、菫は手を止めた。一瞬躊躇う。ドアの向こうが社のあるあの境内になっていたら、どうしよう。
「あ……」
そう思った瞬間に、あっけなくドアは開いた。
「あ……れ? どうしたんですか?」
そこには、なんのひねりもなく、鈴が立っていた。安堵して、思わずその胸に飛び込む。なんのひねりもなく、それは正しく菫の大好きな人だった。
「菫さん?」
戸惑うような声色。鈴は少し困ったような、それでいてすごく嬉しそうな顔をしていた。
「どうしたんですか? 何か、怖いことでもありました?」
その腕がそっと背中に回って、抱きしめてくれる。優しい声色が耳朶を擽る。
ああ。この場所に戻って来ることができた。と、喜びが溢れ出す。
「鈴。鈴……好きだよ」
溢れ出した言葉がそのまま、口から零れ落ちた。
「も……こんなふうに……抱きしめてもらえないと……思った。嫌われたと思って、怖かった。鈴がいなくなったら……どうしようって……眠れなくて。なんも美味しくないし。全部白黒に見えるし……なんども……なんども、LINE確認して……怖くて……」
いつもなら、こんなに素直に言えない。菫は意地っ張りな方ではないけれど、自分が少なくとも可愛いと表現できる年齢の男ではないと知っているから、こんな甘えるようなこと、言ったことはない。そもそも、兄以外に甘えたことなどないし、それすら体調の悪い時限定だ。
「あえなくて……寂しかった」
それなのに、今日は嘘のように素直に言葉が溢れる。きっと明日になったら恥ずかしくて死にたくなるだろうけれど、今日は恥ずかしいなんて考える余裕はなかった。
「菫さん」
菫の告白に、鈴の腕の力が強くなる。苦しくて息ができなくなりそうなほどの抱擁だった。
「不安にさせてごめんなさい。もう二度と、あんなふうに連絡を絶ったりはしません。約束します」
鈴の手が、そっと頬に触れて、視線を上へと促される。されるがままに上を向くと、鈴の信じられないくらいに綺麗で真剣な顔がそこにあった
「だから、いつも、こんなふうに。俺のものでいて?」
そんなの言われなくても、ずっとそうだよ。
と、口に出すことはできなかった。
鈴の唇が、菫のそれに重なったからだ。
「……ん。ふ」
それは、砂糖菓子のように甘い。甘いキスだった。
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