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月夕に落ちる雨の名は
18 蝙蝠の羽根を持つ 4
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こんこん。
と、音がした瞬間。0.5秒で菫から身体を離したのは、称賛に価すると思う。鈴自身驚くほどの早業だった。
「あ。菫君。起きたんだ」
ドアを開けたのは葉だった。
「あ……は……はい。ご迷惑おかけしました」
さっきよりもさらに顔を真っ赤にして菫は答えた。葉の顔が見られないのか、視線が盛大に泳いでいる。
そんな菫を見て、葉はにっこり。と、微笑んで歩行補助用の杖を突いて部屋に入ってきた。
「迷惑なんて。大したことなくてよかったね。鈴も来てくれたし」
そう言って、葉はベッドに座っているくせにあからさまに菫から視線を逸らしている鈴を見る。いつもと変わらない笑顔なのだが、その耳が尖って見える。
「ちょっと、早すぎた?」
内緒話をするみたいに、鈴の耳元に口を寄せて、葉が言う。背中には蝙蝠の羽根が確実に見えた。
「葉さん」
分かっていて邪魔をしたことくらいは、鈴には分かる。葉は普通では考えられないくらいに勘がいい。だから、きっと、『いいところ』だったことくらいは分かっているはずだ。プラスして嘘はついてはいないけれど、菫が重症だと鈴が誤解するようにわざと言ったことへの非難を込めて、鈴は葉を睨んだ。
「怖っ」
一ミリたりとも怖がってなどいないくせに、両手で自分の肩を抱いて怖がって見せる姿に苛立つ。
「はいはい。ごめんごめん。鈴がそんな顔するなんて。やっぱり、菫君は特別なんだね」
まるで子供にするように、葉の手が鈴の頭を撫でる。いや、きっと、葉にとっては鈴は本当に小さくて手のかかる年下の従弟のままなのだろう。葉はずっと、周囲と上手く馴染めない鈴のことを心配してくれていた。
「今日は疲れたね。シロが車回してくれるって言うから、帰ろ? あ。ちゃんと反社会組織仕様じゃない車にしてもらったから。椿さんを心配させたらいけないからね」
そういって、葉は今度は菫の頭を撫でた。
「それとも、鈴のところへ送っていったほうがいい?」
そうしてまた、あの小悪魔のような笑みを浮かべるのだ。
「え? あ……や。いえ。今日は、家へ……」
また、顔を真っ赤にして、菫が答える。葉は反応を見て面白がっているだけなのだから、適当に受け流せばいいのに、真面目に答えてしまうのが菫らしい。というか、かわいい。
「え? 帰っちゃうんですか?」
だから、今度は、鈴の口から思わぬ本音が零れた。軽傷とはいえ、菫は怪我人なのだから、家に帰るのが妥当なのは分かっている。けれど、帰したくない。もう少しでいい。一緒にいたい。
「え? や……」
鈴の言葉に、何を想像したのか、あわあわ。と、口を開くけれど、何も言えなくて、菫はただ、ひたすらに困り顔をしていた。
「あー。うん。そういうのは、二人きりでしてねー」
妙な棒読みのセリフに、ドアが開く音がかぶさる。お迎えが来たようだ。
結局、菫が乗ってきた車を回収するために社まで送ってもらって、そこで貴志狼と葉とは別れた。
その後は、結局とっぷりと日が暮れて、日付が変わる間際になって菫はようやく家に帰りついたのだが、それはまた、別のお話。
と、音がした瞬間。0.5秒で菫から身体を離したのは、称賛に価すると思う。鈴自身驚くほどの早業だった。
「あ。菫君。起きたんだ」
ドアを開けたのは葉だった。
「あ……は……はい。ご迷惑おかけしました」
さっきよりもさらに顔を真っ赤にして菫は答えた。葉の顔が見られないのか、視線が盛大に泳いでいる。
そんな菫を見て、葉はにっこり。と、微笑んで歩行補助用の杖を突いて部屋に入ってきた。
「迷惑なんて。大したことなくてよかったね。鈴も来てくれたし」
そう言って、葉はベッドに座っているくせにあからさまに菫から視線を逸らしている鈴を見る。いつもと変わらない笑顔なのだが、その耳が尖って見える。
「ちょっと、早すぎた?」
内緒話をするみたいに、鈴の耳元に口を寄せて、葉が言う。背中には蝙蝠の羽根が確実に見えた。
「葉さん」
分かっていて邪魔をしたことくらいは、鈴には分かる。葉は普通では考えられないくらいに勘がいい。だから、きっと、『いいところ』だったことくらいは分かっているはずだ。プラスして嘘はついてはいないけれど、菫が重症だと鈴が誤解するようにわざと言ったことへの非難を込めて、鈴は葉を睨んだ。
「怖っ」
一ミリたりとも怖がってなどいないくせに、両手で自分の肩を抱いて怖がって見せる姿に苛立つ。
「はいはい。ごめんごめん。鈴がそんな顔するなんて。やっぱり、菫君は特別なんだね」
まるで子供にするように、葉の手が鈴の頭を撫でる。いや、きっと、葉にとっては鈴は本当に小さくて手のかかる年下の従弟のままなのだろう。葉はずっと、周囲と上手く馴染めない鈴のことを心配してくれていた。
「今日は疲れたね。シロが車回してくれるって言うから、帰ろ? あ。ちゃんと反社会組織仕様じゃない車にしてもらったから。椿さんを心配させたらいけないからね」
そういって、葉は今度は菫の頭を撫でた。
「それとも、鈴のところへ送っていったほうがいい?」
そうしてまた、あの小悪魔のような笑みを浮かべるのだ。
「え? あ……や。いえ。今日は、家へ……」
また、顔を真っ赤にして、菫が答える。葉は反応を見て面白がっているだけなのだから、適当に受け流せばいいのに、真面目に答えてしまうのが菫らしい。というか、かわいい。
「え? 帰っちゃうんですか?」
だから、今度は、鈴の口から思わぬ本音が零れた。軽傷とはいえ、菫は怪我人なのだから、家に帰るのが妥当なのは分かっている。けれど、帰したくない。もう少しでいい。一緒にいたい。
「え? や……」
鈴の言葉に、何を想像したのか、あわあわ。と、口を開くけれど、何も言えなくて、菫はただ、ひたすらに困り顔をしていた。
「あー。うん。そういうのは、二人きりでしてねー」
妙な棒読みのセリフに、ドアが開く音がかぶさる。お迎えが来たようだ。
結局、菫が乗ってきた車を回収するために社まで送ってもらって、そこで貴志狼と葉とは別れた。
その後は、結局とっぷりと日が暮れて、日付が変わる間際になって菫はようやく家に帰りついたのだが、それはまた、別のお話。
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