真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

18 蝙蝠の羽根を持つ 2

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「俺も手伝います」

 だから、鈴は言った。
 優しい恋人がその優しさを拒絶されたとき、せめてそばにいたかった。菫が傷つくなら、傷つくのがわかっていても、どうしてもしたいことなら、一番そばで見ていて、助けが必要なら、すぐに癒してやりたかった。

「え? でも。これは、俺の我儘で。鈴は。あいつのこと、嫌いだろ?」

 驚いたような顔をして菫は言った。
 きっと、菫は鈴のもう一つの思いには気づいていない。気づいたとしても、そんなわけがないと、否定するかもしれない。
 菫を一人であの社に近付けたくない。という鈴の気持ち。

「嫌いですよ。大っっっ嫌いです」

 菫が言っていた通り、鈴は未だ不安だ。菫の心変わりが、ではない。今の菫の気持ちが簡単に傾くなんて思ってはいない。
 ただ、その心は余りに無防備だ。菫は、その心の中にいる誰かに対して、障壁を持たない。もし、少しでも菫の中にいる別の誰かが菫のことを邪魔だと思ったとき、彼は自分を守る術を知らない。
 だから、そばにいたい。
 とは、言えなかった。相手を無条件に信じられるのが、菫なのだ。それも、鈴が菫を好きな理由の一つ。

「でも、借りを作ったままはゴメンです。あいつが、菫さんを護るのは契約ですけど……。ついでとはいえ、俺も助けられました」

 そんな言葉遊びのような言い訳で、菫が納得したかはわからない。きょとん。とした表情を浮かべて、菫は鈴を見ていた。
 その目が僅かに青紫がかって見える。何もかも見透かされている気がした。

「……嘘です。いや。嘘ではないんですけど……。本当はただ俺が一緒にいられないのに、あいつといるくらいなら、俺も一緒にいたいだけです」

 だから、鈴は隠していた本当の本当の気持ちをぶち撒けた。恰好をつけて、また、勘違いしてすれ違うのは嫌だった。

「大体、これ以上菫さんといられる時間少なくなったら、禁断症状で壊れますよ? 俺」

 そ。と、その頬に手を触れる。格好悪いけれど、きっと、そんなことで菫は自分を嫌いにはならないと、今はわかっていた。それでも格好つけたいのが、男心というやつなのだとは思うのだけれど。

「あいつや、あいつの弟妹? が菫さんに悪戯しないように、ちゃんと俺が見張ってます。だから、安心して、菫さんはしたいようにしてください」

 そう言って、ちゅ。と、頬にキスをすると、見ていて分かるくらいにはっきりと、菫の顔が赤く染まる。久しぶりに間近で見る恋人の顔は、ちょっとここがどこか忘れてしまうくらいに可愛かった。鈴の言葉だけで、こんなふうになってしまう人の心変わりを心配していた自分の馬鹿さ加減に呆れる。

「それで。さっさと終わらせたら、その後は俺のことだけ見ててくださいね?」

 菫は誠実で嘘がつけない人なのだ。鈴は菫の言葉を信じていればいい。きっと、心変わりする日が来るなら、菫は真っすぐに鈴にそう伝えてくれる。鈴はただ、その日が来ないで済むようにいつだって菫にありったけの愛を投げ続ければいいだけなのだ。
 そんな当たり前のことにようやく気付いた。
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