真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
354 / 392
月夕に落ちる雨の名は

17 キス 4

しおりを挟む
「それは、俺が、あいつを選ぶかもって思ったってこと?」

 それまで何も言わずに鈴の言葉を聞いていた菫が、不意に言葉を挟んできた。

「菫さん」

「鈴も。そんなこと。不安になるのか……?」

 信じられないとでもいうように、菫は独り言のような言葉を漏らす。

「そか。そうか……同じなんだ」

 納得したみたいに頷いてから、菫はまた、顔をあげて、鈴を見た。

「俺は、縁とか、わかんない。でも、あいつと縁があるんだとしたら、それは、俺じゃなくて、多分、生まれ変わる前の人。魂とか、再利用されてるから、無関係ではないのかもしれないけど、俺は俺だよ」

 それから、ふにゃり。と、いつもの笑顔。

「鈴は。その。すごく綺麗だし、鈴を好きな人はたくさんいるから、自信があるんだって、思い込んでた。けど、鈴も。同じなんだな。俺も。いつか鈴が俺みたいに平凡なモブじゃなくて、特別な誰かに出会って、その人を選ぶんじゃないかって、いつも不安だよ。
 ごめん。本当は、言わなきゃいけなかったんだよな。これからは、言わなきゃいけないことは、もっと、ちゃんと、言うよ。
 俺は俺。縁なんてどうでもいい。俺は鈴が好き。のぶを放っておけないのは、恋愛って意味で好きだからじゃない。ただ、貰った優しさとか、あいつなりの誠実さとか、俺の中に残ってる人の感謝とかは返したいし、あいつが頑張ってきたことに労いがあってもいいと思う」

 菫が言う通り、鈴はいつだって不安だ。
 菫が自分を好きでいてくれる自信はない。だから、いまだって、あの狐に菫を近づけたくはない。
 でも、そんな情けない自分を正面から受け止めて、笑ってくれるその人が堪らなく好きだ。その上で、何も諦めないその人が好きだ。
 菫は自分を平凡なモブというけれど、鈴には菫が輝いて見える。少なくとも、鈴の物語の中で、菫は紛れもなく主人公で、たった一人のヒーローで、ヒロインだ。

「だから、ごめん。約束は。やっぱりなしにしてほしい。
 あ。けど。もう一つの約束は。絶対に守るよ?
 俺は、鈴への気持ちを裏切るようなことは、絶対にしない。ずっと、鈴が好きだ」

 何故か少し得意げに菫が笑う。その笑顔も好きだ。
 だから、主人公すみれがそうしたいなら、仕方がない。どんな菫も好きだけれど、その笑顔を見るためなら、鈴はどんなこともできると思うからだ。

「ところで……鈴。どうしてこんなところにいるんだ?」

 菫の言葉に、ここが病院だったことをやっと思い出した鈴だった。 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...