真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

16 菫の鈴 4

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「菫さん」

 居ても立ってもいられなくなって、鈴は走り出そうとした。

「待て」

 その声に、鈴は振り返った。そこには新三がいた。ふらり。と、少し苦し気に立ち上がる。

「悪いけど、お前に構ってる暇はない」

 もう、新三に対する攻撃的で暴力的な感情は消えていた。もちろん、彼らに好意は持てない。それでも、邪魔をしないでくれるなら、傷つける気もない。

「俺は……お前がいなくなればいいって今でも思ってるけど……」

 き。と、新三はきつい視線を鈴へと投げる。

「黒様はあの人を連れて行こうとなんてしていない。今日、ここで起こったことは。本当にただの事故だ」

 そう言ってから、す。と、新三はその手を前へと突き出した。

「お前を呼びだしたのも……お前になにかしようとか考えていたわけじゃない。ただ。あの人には近づくなって、黒様に言われたから、伝えてほしかっただけで」

 突き出した手を握ると、そこにふ。と、ドアが現れる。何もなかった場所に。だ。

「『ありがとう』って。それから……」

 新三が握ったノブを回すと、がちゃ。と、音がして、ドアが開く。

「行けよ。近道だ」

 ドアの向こうにはリノリウムの床が広がっていた。

「菫が待ってる」

 言われるまま、鈴はドアの向こうに足を踏み出そうとした。

「……信じるんだな」

 少しだけ呆れたように、新三が言う。

「嘘じゃないんだろ?」

 嘘だとは思わなかった。

「それに……」

 そう言って、鈴はふ。と、新三に視線を移す。

「嘘。だったら、どうなるか、くらい。わかってる。だろ?」

 そう言って、鈴は境界線を越える。あちら側。と。こちら側。のライン。
 こちら側に足をついた瞬間。後ろでドアが閉まって、消える。
 消える瞬間、聞こえたような気がした。

「あんた。化け物だな」

 と。
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