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月夕に落ちる雨の名は
16 菫の鈴 3
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「……な……に?」
突然、プレッシャーから、解放された新三が呆けたように見つめている。
けれど、それは、鈴の目には入っていない。
ただ、全部、菫の言葉を、気持ちを確認したくて、鈴は画面をスクロールさせた。
見覚えのあるメッセージに続いて、毎日一度ずつ続いた『ごめん』の文字。その後に、長い文章ではなく、短いメッセージをいくつか連ねた菫の言葉が残っていた。全て、同じ日に送られている。
鈴。
きいてほしいことがあるんだ。
きっと、何度も書き直したのだろう。一つ一つのメッセージは短いのに、次のメッセージまでの間が長い。
誠実な菫の心根を表しているようだと、鈴は思う。そして、それは、鈴が菫を好きだと思うところの一つだった。
はじめに、守れない約束をしてしまったこと。
ごめん。
あいつのこと、放っておけない。
それも、ごめん。
謝らないといけないのは俺の方だ。
と。言葉に出さずに呟く。
菫が納得していないと知りつつ約束させたことも、菫が困っている人を、たとえその人に特別な好意がなくても放っておけないのだということも、鈴は知っていた。知っていて、我儘を言った。我儘を言えば、菫がどこまでも許してくれることも、鈴は知っていた。
だから、悪いのは自分だと、鈴は思う。
それから、あいつにキスされた。
ごめん。
一瞬。そこで、視線が固まる。自分の知らないところで、菫に何があったのかと思うと、また、ざわざわ。と、何かが湧き上がって来そうになって、鈴は大きく一つ息を吐いた。
近くにいた新三の肩がびくり。と、震える。恐らくは鈴の変化を敏感に感じ取っているのだ。
あいつに小さいとき助けれたこととか、
なんか、知らない女の人の記憶とか見えていたこととか、
話さなかった。
ごめん。
鈴の知らない、菫とあの狐の因縁。もう、届かない過去に何があったとしても、鈴にはどうしようもない。それが、鈴に話せないようなことだったのかと想像するだけで、気持ちが沈む。
今度は自分自身で、抑え込もうとしてしたけれど、うまく行かなかった。心がささくれ立って、どこかにぶつかってしまいそうになった時、また、鈴の音が聞こえた。もしかしたら、鳴ってはいなかったのかもしれない。けれど、聞こえた。
鈴はポケットに手を入れて、ぎゅ。と、菫がくれた鈴を握り締める。鈴はほんのりと温かかった。その温もりが菫そのもののような気がして、心がまた、静まっていく。
でも、俺は鈴が好きだから。
その気持ちを裏切るようなことは、しない。
約束する。
今度は守れない約束じゃない。
大切に読み進めた文字は、一文字ずつ、鈴を元の鈴に戻してくれる。まるで、言霊のようだった。
読んでいる鈴にとっては、次のメッセージを読むまでにタイムラグはない。前の文章を読んで、そのまま次の文章に視線を移した。けれど、実際には次のメッセージが届くまでに、タイムスタンプには少しの時間差があった。
そこに、菫の感情の流れを感じる。
鈴がもう、俺のこと好きでなくなったなら、
それだけ返事してほしい。
その言葉に込めた菫の想いは、鈴が受け取った意味とはまったく違っていた。
たった20文字程度を打つのにかけた時間。その間指は震えていたのだろうか。どんな顔をしていたのだろうか。どれだけ、心を痛めたのだろうか。
本当に、自分は自分のことしか考えていなかった。
鈴は思う。
そしたら、もう、迷惑かけない。
それよりもさらに時間をかけて送信された言葉。文字数はもっと短い。
せめて、逃げずに鈴がしっかりと受け取っていたなら。と、後悔が押し寄せる。
そうしたら、きっと、こんなことにはならなかった。
突然、プレッシャーから、解放された新三が呆けたように見つめている。
けれど、それは、鈴の目には入っていない。
ただ、全部、菫の言葉を、気持ちを確認したくて、鈴は画面をスクロールさせた。
見覚えのあるメッセージに続いて、毎日一度ずつ続いた『ごめん』の文字。その後に、長い文章ではなく、短いメッセージをいくつか連ねた菫の言葉が残っていた。全て、同じ日に送られている。
鈴。
きいてほしいことがあるんだ。
きっと、何度も書き直したのだろう。一つ一つのメッセージは短いのに、次のメッセージまでの間が長い。
誠実な菫の心根を表しているようだと、鈴は思う。そして、それは、鈴が菫を好きだと思うところの一つだった。
はじめに、守れない約束をしてしまったこと。
ごめん。
あいつのこと、放っておけない。
それも、ごめん。
謝らないといけないのは俺の方だ。
と。言葉に出さずに呟く。
菫が納得していないと知りつつ約束させたことも、菫が困っている人を、たとえその人に特別な好意がなくても放っておけないのだということも、鈴は知っていた。知っていて、我儘を言った。我儘を言えば、菫がどこまでも許してくれることも、鈴は知っていた。
だから、悪いのは自分だと、鈴は思う。
それから、あいつにキスされた。
ごめん。
一瞬。そこで、視線が固まる。自分の知らないところで、菫に何があったのかと思うと、また、ざわざわ。と、何かが湧き上がって来そうになって、鈴は大きく一つ息を吐いた。
近くにいた新三の肩がびくり。と、震える。恐らくは鈴の変化を敏感に感じ取っているのだ。
あいつに小さいとき助けれたこととか、
なんか、知らない女の人の記憶とか見えていたこととか、
話さなかった。
ごめん。
鈴の知らない、菫とあの狐の因縁。もう、届かない過去に何があったとしても、鈴にはどうしようもない。それが、鈴に話せないようなことだったのかと想像するだけで、気持ちが沈む。
今度は自分自身で、抑え込もうとしてしたけれど、うまく行かなかった。心がささくれ立って、どこかにぶつかってしまいそうになった時、また、鈴の音が聞こえた。もしかしたら、鳴ってはいなかったのかもしれない。けれど、聞こえた。
鈴はポケットに手を入れて、ぎゅ。と、菫がくれた鈴を握り締める。鈴はほんのりと温かかった。その温もりが菫そのもののような気がして、心がまた、静まっていく。
でも、俺は鈴が好きだから。
その気持ちを裏切るようなことは、しない。
約束する。
今度は守れない約束じゃない。
大切に読み進めた文字は、一文字ずつ、鈴を元の鈴に戻してくれる。まるで、言霊のようだった。
読んでいる鈴にとっては、次のメッセージを読むまでにタイムラグはない。前の文章を読んで、そのまま次の文章に視線を移した。けれど、実際には次のメッセージが届くまでに、タイムスタンプには少しの時間差があった。
そこに、菫の感情の流れを感じる。
鈴がもう、俺のこと好きでなくなったなら、
それだけ返事してほしい。
その言葉に込めた菫の想いは、鈴が受け取った意味とはまったく違っていた。
たった20文字程度を打つのにかけた時間。その間指は震えていたのだろうか。どんな顔をしていたのだろうか。どれだけ、心を痛めたのだろうか。
本当に、自分は自分のことしか考えていなかった。
鈴は思う。
そしたら、もう、迷惑かけない。
それよりもさらに時間をかけて送信された言葉。文字数はもっと短い。
せめて、逃げずに鈴がしっかりと受け取っていたなら。と、後悔が押し寄せる。
そうしたら、きっと、こんなことにはならなかった。
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