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月夕に落ちる雨の名は
16 菫の鈴 2
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ちりん。
と、鈴の音が聞こえた。
鈴はポケットの中にあった。
けれど、とても澄んだ音を響かせた。
まるで、清流のような音色だった。湧き上がっていたものが、一瞬で洗い流される。すべて。
暗かった空がまだ、夕焼けの色だったのだと、鈴は気付いた。ひぐらしの声が聞こえていたのだと気付いた。まだ、むっとするような熱気があたりを包んでいたけれど、木々を抜ける風が頬を撫でるのが心地よいのだと気付いた。
嵐が去った後には、当たり前の日常だけがそこに在る。
嘘のように凪いだ心の中に残ったのは、菫の笑った顔だった。
「……菫さん?」
ヴヴ。
と、手の中のスマートフォンが振動する。
確か、電源は落としたままだったはずだ。
けれど、震えた。
震えた、気がした。
スマートフォンに目を落とす。けれど、やはり電源は入っていない。
電源のボタンを押すと、しばしの待機時間の後、画面が点灯する。
今度こそ本当に手の中の小さな電子機器は自己主張をするように震える。ずっと電源を切っていたから、いくつかの通知が一斉に届いた。
葉からの連絡。菫が運ばれたという病院の名前。
遡ると、親や姉からの生存確認。友人からの誘い。鈴にとっては、数日放置しても全く問題のないものばかりだ。
その先頭には一言だけ。
すず
と、メッセージがあった。未読のマーク。白い猫のアイコン。
菫からだ。
何故か、タイムスタンプが表示されていない。
「あ」
指先が震えた。
怖かった。
けれど、今、菫のメッセージがここに届いたことにはきっと意味があると思う。その意味を見逃してはいけないと思う。
だから、震える手で、菫のトーク履歴をタップした。
一番下には、さっきの『すず』とのメッセージがあるはずだった。
けれど、開いた画面にその文字はない。
代わりに一番下、最新のメッセージが目に飛び込む。そのメッセージの日付は、鈴が菫のメッセージから逃げ出したのと同じ日だった。
迷惑にならないようにするから。
ずっと、好きでいるのは、許して。
一瞬で、喉の奥が熱くなる。さっきまで遠かった菫の顔が目の前に見えるような気がした。困ったような表情。怒ったような表情。拗ねたような顔。心配げな顔。はにかんだような笑顔。あの日の、怯えたような顔。それから、泣き顔。
息が止まりそうなほどに苦しい。何故、この言葉から逃げていたのかと、後悔が押し寄せる。菫がどんな思いでこれを送ったのか、考えると罪悪感で押しつぶされそうだった。
迷惑にならないようにするから。
ずっと、好きでいるのは、許して。
けれど、同時に鈴は歓喜した。自分勝手だと責められても、菫が送ってくれた言葉に歓喜する心を止めることができない。
さっきまでの嵐とも、凪とも違う。
ただ、飲み込まれてしまいそうだった何かから、救ってくれたのがその人だということだけは確かだった。
と、鈴の音が聞こえた。
鈴はポケットの中にあった。
けれど、とても澄んだ音を響かせた。
まるで、清流のような音色だった。湧き上がっていたものが、一瞬で洗い流される。すべて。
暗かった空がまだ、夕焼けの色だったのだと、鈴は気付いた。ひぐらしの声が聞こえていたのだと気付いた。まだ、むっとするような熱気があたりを包んでいたけれど、木々を抜ける風が頬を撫でるのが心地よいのだと気付いた。
嵐が去った後には、当たり前の日常だけがそこに在る。
嘘のように凪いだ心の中に残ったのは、菫の笑った顔だった。
「……菫さん?」
ヴヴ。
と、手の中のスマートフォンが振動する。
確か、電源は落としたままだったはずだ。
けれど、震えた。
震えた、気がした。
スマートフォンに目を落とす。けれど、やはり電源は入っていない。
電源のボタンを押すと、しばしの待機時間の後、画面が点灯する。
今度こそ本当に手の中の小さな電子機器は自己主張をするように震える。ずっと電源を切っていたから、いくつかの通知が一斉に届いた。
葉からの連絡。菫が運ばれたという病院の名前。
遡ると、親や姉からの生存確認。友人からの誘い。鈴にとっては、数日放置しても全く問題のないものばかりだ。
その先頭には一言だけ。
すず
と、メッセージがあった。未読のマーク。白い猫のアイコン。
菫からだ。
何故か、タイムスタンプが表示されていない。
「あ」
指先が震えた。
怖かった。
けれど、今、菫のメッセージがここに届いたことにはきっと意味があると思う。その意味を見逃してはいけないと思う。
だから、震える手で、菫のトーク履歴をタップした。
一番下には、さっきの『すず』とのメッセージがあるはずだった。
けれど、開いた画面にその文字はない。
代わりに一番下、最新のメッセージが目に飛び込む。そのメッセージの日付は、鈴が菫のメッセージから逃げ出したのと同じ日だった。
迷惑にならないようにするから。
ずっと、好きでいるのは、許して。
一瞬で、喉の奥が熱くなる。さっきまで遠かった菫の顔が目の前に見えるような気がした。困ったような表情。怒ったような表情。拗ねたような顔。心配げな顔。はにかんだような笑顔。あの日の、怯えたような顔。それから、泣き顔。
息が止まりそうなほどに苦しい。何故、この言葉から逃げていたのかと、後悔が押し寄せる。菫がどんな思いでこれを送ったのか、考えると罪悪感で押しつぶされそうだった。
迷惑にならないようにするから。
ずっと、好きでいるのは、許して。
けれど、同時に鈴は歓喜した。自分勝手だと責められても、菫が送ってくれた言葉に歓喜する心を止めることができない。
さっきまでの嵐とも、凪とも違う。
ただ、飲み込まれてしまいそうだった何かから、救ってくれたのがその人だということだけは確かだった。
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