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月夕に落ちる雨の名は
15 北島鈴 5
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「これが。『そう』なんだよ」
自分が望んだわけではない。
鈴は思う。
『そう』であることで、よかったことなんて一度もない。周りの大人は特別なのだと鈴を褒めたけれど、その目に奇異とか、蔑みの色が混じっていることに、物心つく頃には気付いていた。『そう』であることに近付きたくはなかった。菫も葉もそうであるように、鈴だって普通でいたかった。できる限り、『そう』であることから逃げてきた。
「答えろ」
だから、鈴が、こんなふうに自分ができること。できてしまうことを自ら晒すことは初めてだった。
怯えた表情を隠せないくせに、それでも、少年の姿をした狐は、弱弱しく鈴を睨み返していた。その強さに苛立ち。
「菫を」
ぎ。と、空気が軋む。音がする。皮膚の下で、何かが暴れまわっているようだ。
祖母は『自分でない誰かのために役立てろ』と言った。母は『忘れろ』と言った。姉は『使わなくていいようにしてあげる』と言った。鈴の持っているもの。それが、今、鈴の身体の中で初めて大切だと思ったものを取り上げようとする相手を壊したいと暴れまわっているのだと、分かった。
「持っていこうとしたのか?」
何か重いものが圧し掛かったかのように、がくん。と、新三が項垂れた。
許さない。
許せない。
許すな。
と。耳元で聞こえる。
「先に……」
それは、ほんの小さく囁くような声だった。
自分が望んだわけではない。
鈴は思う。
『そう』であることで、よかったことなんて一度もない。周りの大人は特別なのだと鈴を褒めたけれど、その目に奇異とか、蔑みの色が混じっていることに、物心つく頃には気付いていた。『そう』であることに近付きたくはなかった。菫も葉もそうであるように、鈴だって普通でいたかった。できる限り、『そう』であることから逃げてきた。
「答えろ」
だから、鈴が、こんなふうに自分ができること。できてしまうことを自ら晒すことは初めてだった。
怯えた表情を隠せないくせに、それでも、少年の姿をした狐は、弱弱しく鈴を睨み返していた。その強さに苛立ち。
「菫を」
ぎ。と、空気が軋む。音がする。皮膚の下で、何かが暴れまわっているようだ。
祖母は『自分でない誰かのために役立てろ』と言った。母は『忘れろ』と言った。姉は『使わなくていいようにしてあげる』と言った。鈴の持っているもの。それが、今、鈴の身体の中で初めて大切だと思ったものを取り上げようとする相手を壊したいと暴れまわっているのだと、分かった。
「持っていこうとしたのか?」
何か重いものが圧し掛かったかのように、がくん。と、新三が項垂れた。
許さない。
許せない。
許すな。
と。耳元で聞こえる。
「先に……」
それは、ほんの小さく囁くような声だった。
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