真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

今は昔 5 野の花 1

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 初めてこの林に来たときから、女は決めていた。
 否、来る前から覚悟はしていた。女ははじめからすべてを捧げる覚悟でこの林に足を踏み入れたのだ。喰われても、犯されても構わない。その代わりに、里が元の平穏を取り戻すなら、それで良かった。
 誰も、何も言わなかったけれど、女は里には必要とされていない。親をなくした可哀想な子だから、それでも一生懸命生きようとするのが憐れだから、優しくしてくれただけだ。それが悪いなんて言わない。女はその優しさに生かされた。
 ただ、女がいなくなっても、誰も困るものなどいない。泣くものなどいない。それも、知っていた。
 だから、役に立ちたいと思ったのだと思う。最期に何かが里のためにできたなら、きっと誰かが自分の生きていたことを覚えていてくれる。自分が居てよかったのだと思ってくれる。
 そんな小さな願いが女を生贄に志願させたのだ。

 けれど、女はその狐をひと目見て自分の考えていたことがいかに愚かしいのかを知った。
 黒くて大きくて強い狐。
 美しい毛皮。美しい爪、牙。不必要なものなど何も無い靭やかな肢体。その尾から立ち上る赤い炎の色。
 炎の色の瞳。
 何もかも信じられないくらいに綺麗だった。
 喰われてもいい。犯されても構わない。などと言う考えが思い上がりだったのだ気付かされた。

 消えてしまいたいほどの羞恥はあった。けれど、それでもそばに置いてほしいと願ったのは、最早、里のためではない。里のためという思いが全く無かったわけでもないけれど、それはもう、ただの言い訳だった。
 ただ、その美しい狐の、そばにいたかっただけだ。

 そんな我儘すら、狐は叶えてくれた。

 共に過ごす時は、狐がただ美しいだけではないことも教えてくれた。
 不器用で、言葉遣いは粗野だったけれど、優しいことも、寂しがりなことも、本当は人が好きなことも、女にはすぐに分かった。一つひとつ狐のことを知るたびに、温かくて、柔らかくて、甘くて、そして苦しいものが心に降り積もる。
 ときおり、それは女をとても苦しくした。
 狐に釣り合うなにも持っていない自分が恥ずかしくて、消えてしまいたいと思うことが増えた。
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