真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

14 正しく死に至る病 1

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 草刈りやら、刈った草の片付けやらをしているうちに、いつの間にか時間は過ぎていた。セミの鳴く声が煩い。
 貴志狼が連れてきてくれた若い衆のお陰で、作業は思ったよりもずっと進んだ。元々菫が独りでやっていたのだから、遅々として作業は進まなかったどころか、初日に刈った部分はもう草が伸び始めている有り様だったのが、今日数時間で、既に殆んど草刈りは終わってしまった。

 貴志狼が連れてきた半グレモドキたちと檀は気があって、檀に作業を命じられて、最初は反抗していたのに、いつの間にか打ち解けて、小松のおやっさん。とか、呼んでいる。
 作業の手を止めては、檀の若かりし頃の武勇伝を聞いて、歓声を上げたり、反対に若造たちの要領を得ない話を気の短そうな檀が根気よく聞いてやったりと、意外にも盛り上がっていた。葉も貴志狼も呆れ顔をしながらも、うまくやっているのには安心したようだ。

 太陽が随分と高くなった頃、菫たちは休憩をとっていた。葉が持ってきてくれたほうじ茶のプリンと、文江が持ってきてくれたアイスでお茶休憩を取ることにしたのだ。
 文江と檀は元々幼馴染で、今は亡き文江の夫やほかの仲間たちと共に子供時代は悪さばかりしていたとか。社の周りで毎日日が暮れるまで遊んだとか。文江は男連中の憧れの的で誰が射止めるのか競い合ったとか。結局地味で真面目なだけが取り柄の文江の亡夫が選ばれたときには、皆悔しがったとか。そんな話を二人はときに笑い合いながら、時に照れながら話してくれた。
 その話はどれも活き活きとした生命力に満ちていて、過去、この社で本当にあったことなのだと、実感できた。それは、この社が活きていた証なのだと、菫には思える。そうやって、ここに繋がっている黒羽は命を繋いできたのだ。
 そして、その残り火は完全に消えてはいない。小さいかもしれなくても、まだ残っている。
 そんな、希望がまた、少しだけ大きくなった気がした。

「あいつらのこと、ジジイが連れて行けって言ったときは、は? 使いもんにならんだろ。って思ったけどな……。
『無理にでもついてけって、会長から命令された。違反したら殺される』っていうから、連れてきたけど。あのバカども使いこなすって、あのジイさん何もんだ?」

 と、葉が、煎れた冷茶を飲みながら、貴志狼が言う。翔吾をはじめ、連れてきた若い衆は貴志狼や壱狼の言うことは聞くけれど、基本的には社会からはみ出した者たちだ。団体行動も、単純作業も、苦手なやつばかりだ。
 それなのに、驚くほど、檀の言葉には素直に従っている。

「大工さんだったみたいですよ? 今はもう、現役は引退してるみたいだけど」

 檀は、気持ちの良い老人だ。卑屈なところも、暗い影も一切ない。けれど、人間性には厚みがあって、信頼できる人だな。と、菫の目には映る。
 きっと、本能のみで生きている翔吾たちにはそれが心地よく感じるのだろう。こういうふうに年を取りたいと思わせるのだ。

「いい人だよね。面白いし」

 横から葉が言った。

「若いですよね。感覚っていうか」

 視線が会うと自然に笑いが漏れた。久しぶりに、気持ちよく笑えた気がする。

「ホントそれ。さっき、僕、ナンパされたよ?」
 
『本当に本当に兄ちゃんなのか?』と、何度も聞かれていたけれど、それに気を悪くする様子もなく、葉は笑っている。何を考えているのか、少し面白くなさそうなのは貴志狼だ。いや、何を考えているかは分かる。自分の恋人がジジイにナンパされて気分がいい男はおそらくいない。

「バカどもと精神年齢が同じなんだろ」

 憎まれ口を聞きながらも、後ろでまとめた葉の髪が頬に落ちかかったのを、貴志狼が指先で耳元にかけてやっている。驚くほど優しい仕草だ。それが、すごく自然で、少しはにかんで『ありがと』とか言っている葉も全く照れてはいない。二人にとっては当たり前のことのようで、なんだか菫のほうが赤面してしまった。今の菫には少し、かなり羨ましい。
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