真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

13 出張緑風堂 4

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 あのケーキを買ってきてくれた日以来、椿は三日と空けず緑風堂に通うようになっていた。本人は菫にケーキを買ってきてやっている。と、言い張っているけれど、椿らしくないと菫は思う。確かに、椿は菫に甘いけれど、緑風堂は椿の職場からはかなり離れている。味が美味いならどこのケーキ屋でも同じだろ? くらいには情緒が欠落している椿にしては固執し過ぎている気がするのだ。
 もちろん、鈴に文句を言うために行っているのではない。それどころか、鈴がいる時間を避けている節がある。一ミリたりとも空気が読めない椿が店や鈴に気を使っているとも思えないし、何かあるんではないかと、菫は思っていた。

「あ。いいんです。菫って呼んでください。それより、風祭さん。兄がご迷惑かけてませんか?」

 そう聞くと、葉は少し驚いた顔をした。

「ああ。うん。大丈夫。うちの猫とも仲良くなったしね」

 それから、ふふ。と、意味ありげに笑う。

「お兄さん。猫好きなんだね」

 その笑顔の意味は分からないけれど、なんだか、楽しそうだ。

「はい。うちでも飼ってたし。あの固い人がユキにはよく猫語で話しかけてました。お前は暇そうでいいにゃあ。とか」

 つられて笑顔になる。きっとうまく笑えた。

「猫はね。自分たちを好いている人が分かるからね。あ。そだ。僕のことも葉って呼んで?」

 思い出したように、葉は言った。ちら。と、貴志狼を見るが、表情に変化はない。呼んでもいいということと、受け取って菫は頷いた。

「おう。菫よ」

 話が一段落したところで、檀が話しかけてきた。

「あ。檀さん。この人たちは友人とその友人の人で……」

 今日、初めて会った顔もある。この老人の性格なら顔が怖いくらいで怯えたりはしないだろうけれど、怪しい集団と思われたら困るから、菫はそう紹介した。

「姉ちゃん別嬪さんだな」

 はあ。とか、ため息を吐いて、檀は葉を眺めていた。

「別嬪かもしれんが……」

 無遠慮な老人の視線と葉の間に割り込んで、貴志狼が言う。不快。という表情を隠しもしない。

「姉ちゃんじゃないです。兄ちゃんです。風祭葉って言います。菫君の友達です」

 その貴志狼を押しのけて、葉が答える。貴志狼にはめ。と、視線で注意を送っている。何かを言いかけたけれど、複雑な顔をして、貴志狼は黙り込んだ。
 その様子になんだか、二人の力関係が透けて見えた気がした。

「お茶とお菓子の店をやってて。今日は菫君に差し入れに来たんです。助っ人連れて」

 葉に紹介されて、貴志狼が連れてきた若い衆か、ぎこちなく頭を下げる。

「おう。俺等の狐様のことなのに、ありがとよ」

 意外にも、檀は、素直に頭を下げた。社をこのままにしておきたくないのは、本当のことのようだ。挨拶をした若い衆、一人ひとりの顔を見渡してから、老人はふと、貴志狼の顔で視線を止める。

「どっかでみたことあるんだよな」

 今度は臆することなく、睨みつけている貴志狼の顔を凝視している。

「兄ちゃん名前は?」

 貴志狼の不機嫌な顔などお構いなしに檀が訊ねる。貴志狼は『なんでそんなもん答えなきゃいけねえんだよ』と言いたいのがはっきりわかるような表情をするけれど、葉に肘で腹を小突かれて、不承不承というように口を開いた。

「川和貴志狼」

 最低限の言葉だけで、ぷい。と、そっぽを向いてしまう。その名を聞いた途端、老人はぽん。と、手を打った。

「ああ。なるほどな」

 それから、くく。と、笑った。楽しそうな笑みだった。

「おう。それじゃ、もうひと仕事するぞ。おい、お前。熊手で草集めろ。草刈り機に近付くなよ。足切れんぞ。お前は指定の袋に詰めろ。それから……」

 いつの間にか場のリーダーになった檀がてきぱき。と、役割分担を決めていく。それを横目に見ながら、菫もまた草刈りを始めるのだった。
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