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月夕に落ちる雨の名は
13 出張緑風堂 3
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1時間ほど作業を続けると、境内の近くの少し広くなった場所に、車が止まるのが見えた。黒のデカい箱バン。おそらくハイ〇ースだ。全面スモークで全く中が見えない。街で走っていたらちょっと怖いヤツだ。
檀も気づいたようで、草刈り機のエンジンを弱める。作業用の色付き保護メガネを上げる姿が様になっている。
「なんだあ?」
臆する様子もなく、檀が言う。
今度こそちょっと怖い人が文句でも言いに来たのかと、菫は身構えた。
「菫君!」
けれど、黒塗りのスライドドアが開いて降りてきたのは、よく見知った人物だった。
「風祭さん?」
それは、緑風堂の店主・葉だった。何故かいつもは池井君と呼んでいたのに、菫になっている。
「ここにいるって椿さんに聞いたから、差し入れ持ってきた……あ」
降りるなり、ぶんぶん。と、菫に手を振りながら、菫の方に歩き出そうとして、いきなり躓いて転びそうになる。それを、横から支えたのは、もちろん、貴志狼だ。
「慌てるな」
ため息交じりに貴志狼が呟く。
「よう」
葉に手を貸して、菫のところまで連れて来てから、貴志狼が菫に言う。それから、ちらり。と、檀を見て、僅かに会釈した。
車は貴志狼の持ち物なのだろう。そうと言われれば、『あーね』と、納得できた。
「社。直すんだって? 葉を連れてくっつったら、ジジイがおまけにもってけってよ」
顎をしゃくって見せる先には黒塗りの車から何人かの若者が下りて来る。どれもこれも人相が悪いが、何故か全員、近くの高校指定の体育ジャージを着せられていた。
「ああ。あの恰好は気にすんな。あいつらに好きな格好させてたら、ヤクザのカチコミだと思われる」
貴志狼の言葉に、菫は思わず吹き出した。貴志狼なりの配慮をしてくれたらしい。
「ありがとうございます。でも。手伝ってもらっていいんですか? お仕事とかは」
貴志狼がどんな立場の人間なのかは知っていた。鈴に聞いたからだ。ぎりぎり、逮捕歴はないらしいし、今もグレーゾーン(?)くらいの仕事しかしていないらしいけれど、本物のアレだ。
けれど、やはり、菫にとって貴志狼は怖い人間ではなかった。
「こいつらにまともな仕事なんてねえよ。ジジイの使いっパシリくらいだ。そのジジイが連れてけっていうんだから、思う存分こき使ってくれ」
「この人たちは体力有り余ってるから、いくらでも使っていいからね。あ。ちょっと。翔悟君。それ傾けないでよ!」
ケーキ箱を持った若い男に葉が大声を出す。葉に怒られた青年はへら。っと、締りのない顔ですんません。と、笑った。何本か歯がない。
「今日は、出張緑風堂。プリン持ってきたよ? 菫君の好きなほうじ茶のヤツ」
ゆったりと微笑む笑顔を久しぶりに見た気がする。
いや、実際に久しぶりなのだ。休みや仕事のシフトが不定期だから、決まった曜日ではないけれど、菫は毎週一回か二回は緑風堂に通っている。それは、菫が図書館で働くようになってからずっと変わらない。熱を出したあの期間以外はずっとだ。
それなのに、もう、しばらくの間、緑風堂には行っていない。
理由はもちろん、鈴に顔を見せないためだ。菫が客として行ったら、バイトの鈴は困るだろう。LINEのメッセージを読みたくもない相手の顔を見たいはずがない。そんなところに押しかけたら、それこそストーカーのようになってしまう。
「……ごめんね。鈴も連れてこようとしたんだけど。その。大学の授業が……」
それが、優しい嘘なのだと菫には分かっていた。夏休み期間なのだ。授業はない。
けれど、菫はそれを口にはしなかった。葉の優しさに甘えることにした。
「はい。いいんです。それより……菫って」
「ああ。ごめん。椿さんが来るようになったから、池井君じゃどっちなのかわかんなくなるからね」
話題が変わったことにホッとする。兄の話なら、菫はまだ笑える。きっと、鈴の話を続けていたら、うまく笑えなくなってしまうと思った。
檀も気づいたようで、草刈り機のエンジンを弱める。作業用の色付き保護メガネを上げる姿が様になっている。
「なんだあ?」
臆する様子もなく、檀が言う。
今度こそちょっと怖い人が文句でも言いに来たのかと、菫は身構えた。
「菫君!」
けれど、黒塗りのスライドドアが開いて降りてきたのは、よく見知った人物だった。
「風祭さん?」
それは、緑風堂の店主・葉だった。何故かいつもは池井君と呼んでいたのに、菫になっている。
「ここにいるって椿さんに聞いたから、差し入れ持ってきた……あ」
降りるなり、ぶんぶん。と、菫に手を振りながら、菫の方に歩き出そうとして、いきなり躓いて転びそうになる。それを、横から支えたのは、もちろん、貴志狼だ。
「慌てるな」
ため息交じりに貴志狼が呟く。
「よう」
葉に手を貸して、菫のところまで連れて来てから、貴志狼が菫に言う。それから、ちらり。と、檀を見て、僅かに会釈した。
車は貴志狼の持ち物なのだろう。そうと言われれば、『あーね』と、納得できた。
「社。直すんだって? 葉を連れてくっつったら、ジジイがおまけにもってけってよ」
顎をしゃくって見せる先には黒塗りの車から何人かの若者が下りて来る。どれもこれも人相が悪いが、何故か全員、近くの高校指定の体育ジャージを着せられていた。
「ああ。あの恰好は気にすんな。あいつらに好きな格好させてたら、ヤクザのカチコミだと思われる」
貴志狼の言葉に、菫は思わず吹き出した。貴志狼なりの配慮をしてくれたらしい。
「ありがとうございます。でも。手伝ってもらっていいんですか? お仕事とかは」
貴志狼がどんな立場の人間なのかは知っていた。鈴に聞いたからだ。ぎりぎり、逮捕歴はないらしいし、今もグレーゾーン(?)くらいの仕事しかしていないらしいけれど、本物のアレだ。
けれど、やはり、菫にとって貴志狼は怖い人間ではなかった。
「こいつらにまともな仕事なんてねえよ。ジジイの使いっパシリくらいだ。そのジジイが連れてけっていうんだから、思う存分こき使ってくれ」
「この人たちは体力有り余ってるから、いくらでも使っていいからね。あ。ちょっと。翔悟君。それ傾けないでよ!」
ケーキ箱を持った若い男に葉が大声を出す。葉に怒られた青年はへら。っと、締りのない顔ですんません。と、笑った。何本か歯がない。
「今日は、出張緑風堂。プリン持ってきたよ? 菫君の好きなほうじ茶のヤツ」
ゆったりと微笑む笑顔を久しぶりに見た気がする。
いや、実際に久しぶりなのだ。休みや仕事のシフトが不定期だから、決まった曜日ではないけれど、菫は毎週一回か二回は緑風堂に通っている。それは、菫が図書館で働くようになってからずっと変わらない。熱を出したあの期間以外はずっとだ。
それなのに、もう、しばらくの間、緑風堂には行っていない。
理由はもちろん、鈴に顔を見せないためだ。菫が客として行ったら、バイトの鈴は困るだろう。LINEのメッセージを読みたくもない相手の顔を見たいはずがない。そんなところに押しかけたら、それこそストーカーのようになってしまう。
「……ごめんね。鈴も連れてこようとしたんだけど。その。大学の授業が……」
それが、優しい嘘なのだと菫には分かっていた。夏休み期間なのだ。授業はない。
けれど、菫はそれを口にはしなかった。葉の優しさに甘えることにした。
「はい。いいんです。それより……菫って」
「ああ。ごめん。椿さんが来るようになったから、池井君じゃどっちなのかわかんなくなるからね」
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