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月夕に落ちる雨の名は
12 迷惑? 4
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「……とにかく。その黒羽稲荷ってのが、今、すごく荒れてて、それをどうにかしたいって頑張ってるみたい」
空になった貴志狼の茶器に葉はお茶を注ぐ。貴志狼のお気に入りの玄米茶の香ばしい匂いがした。
「あ? あいつ。あの辺に住んでんのか?」
貴志狼の疑問はもっともだと、鈴は思う。自分の生まれ育った土地や、今住んでいる土地の土地神の神社なら再生に手を貸したいと考えてもおかしくはない。いや、今時の若者なら、それだけでも珍しいほうだ。
「や。菫君はもっと上の方。森丘地区だよ」
椿が来るようになって、葉は菫のことを菫。と呼ぶようになった。葉が菫のことを気に入っているのは知っている。常連の中でも特別扱いしているのは見ていてわかる。多分、鈴とのことがあるよりも、前からだ。と、言っても、菫のことを知る人で、菫を悪く言う人は殆どいない。それが、彼という人物をよく表していると思う。
「全然遠いじゃねえか。他所の地区の神社が汚いからって、出しゃばってんのか?」
意味が分からん。と、呆れたような貴志狼の態度に、葉も苦笑する。
葉にしっかりと事情を話したわけではない。けれど、葉は黒羽の存在も、菫との縁のことも、おそらくは知っている。葉の目は鈴や菫とはまた違った意味で、物事を深くまで見ることができる。葉はそういうふうに育てられているからだ。
きっと、その目で見ているからこそ、菫のことを気に入っているし、でしゃばり。と、思うような菫の行動を好意的に受け取っているのだと思う。
「でしゃばり……か。あの子はね。一生懸命なだけなんだよ。お人好しとか。出しゃばりとか。確かにそういう言い方もあるけど。ただ、自分の心に素直で、その素直さが優しいから勝手に他人が救われてるだけなんだ」
ふと。一瞬、葉は鈴に視線を移す。それから、すぐに貴志狼の方へ視線を戻した。
そんなことわかってる。
と、鈴は心の中で呟く。菫がしていることが、虚栄心や慈善でないことくらいは分かっている。もちろん、その原動力があの狐への恋愛感情でないことなんてなおさら分かっている。
「きっと、あの子はやるよ。できない言い訳を探したりしない。失敗したって、うまく行かなくたって、独りきりだって、きっと、うまく行くまで逃げだしたりしない」
だから、知ってるって。
おそらくは自分に向けられたのであろう葉の言葉に、鈴はまた、声に出さずに答えた。
振り返りもしない人ならざる者に手を伸ばし続けることができる人だから、言葉を交わして、命まで救ってくれた相手を見捨てるはずなんてない。誰にも頼れなくても、方法が分からなくても、手を伸ばし続けるだろう。
「べた褒めだな」
少し複雑な表情で貴志狼は言った。
「……なに? 妬ける?」
貴志狼の表情に、少し驚いた顔をしてから、にや。と、笑って、葉が言った。
「妬けるな」
けれど、ストレートに応えられて、途端に顔が赤くなる。
「……と。とにかく。菫君は忙しいから、しばらく来れないみたい。
だ・か・ら!」
慌てて誤魔化すみたいに言ってから、葉は少し勿体つける。『なんだ?』と、言うように貴志狼は片眉を上げた。
「明日は、出張緑風堂。ね?」
葉の言葉に、貴志狼だけでなく、思わず鈴も、葉の方に顔を向けた。二人の視線を独占して、葉がにっこり。と、微笑む。
葉の笑顔に、貴志狼が難しい顔をした。恐らくは、嫌な予感がするのだろうし、その予感は当たっているだろう。
まあ。俺には関係ないけど。
そう心の中で呟く鈴だった。
空になった貴志狼の茶器に葉はお茶を注ぐ。貴志狼のお気に入りの玄米茶の香ばしい匂いがした。
「あ? あいつ。あの辺に住んでんのか?」
貴志狼の疑問はもっともだと、鈴は思う。自分の生まれ育った土地や、今住んでいる土地の土地神の神社なら再生に手を貸したいと考えてもおかしくはない。いや、今時の若者なら、それだけでも珍しいほうだ。
「や。菫君はもっと上の方。森丘地区だよ」
椿が来るようになって、葉は菫のことを菫。と呼ぶようになった。葉が菫のことを気に入っているのは知っている。常連の中でも特別扱いしているのは見ていてわかる。多分、鈴とのことがあるよりも、前からだ。と、言っても、菫のことを知る人で、菫を悪く言う人は殆どいない。それが、彼という人物をよく表していると思う。
「全然遠いじゃねえか。他所の地区の神社が汚いからって、出しゃばってんのか?」
意味が分からん。と、呆れたような貴志狼の態度に、葉も苦笑する。
葉にしっかりと事情を話したわけではない。けれど、葉は黒羽の存在も、菫との縁のことも、おそらくは知っている。葉の目は鈴や菫とはまた違った意味で、物事を深くまで見ることができる。葉はそういうふうに育てられているからだ。
きっと、その目で見ているからこそ、菫のことを気に入っているし、でしゃばり。と、思うような菫の行動を好意的に受け取っているのだと思う。
「でしゃばり……か。あの子はね。一生懸命なだけなんだよ。お人好しとか。出しゃばりとか。確かにそういう言い方もあるけど。ただ、自分の心に素直で、その素直さが優しいから勝手に他人が救われてるだけなんだ」
ふと。一瞬、葉は鈴に視線を移す。それから、すぐに貴志狼の方へ視線を戻した。
そんなことわかってる。
と、鈴は心の中で呟く。菫がしていることが、虚栄心や慈善でないことくらいは分かっている。もちろん、その原動力があの狐への恋愛感情でないことなんてなおさら分かっている。
「きっと、あの子はやるよ。できない言い訳を探したりしない。失敗したって、うまく行かなくたって、独りきりだって、きっと、うまく行くまで逃げだしたりしない」
だから、知ってるって。
おそらくは自分に向けられたのであろう葉の言葉に、鈴はまた、声に出さずに答えた。
振り返りもしない人ならざる者に手を伸ばし続けることができる人だから、言葉を交わして、命まで救ってくれた相手を見捨てるはずなんてない。誰にも頼れなくても、方法が分からなくても、手を伸ばし続けるだろう。
「べた褒めだな」
少し複雑な表情で貴志狼は言った。
「……なに? 妬ける?」
貴志狼の表情に、少し驚いた顔をしてから、にや。と、笑って、葉が言った。
「妬けるな」
けれど、ストレートに応えられて、途端に顔が赤くなる。
「……と。とにかく。菫君は忙しいから、しばらく来れないみたい。
だ・か・ら!」
慌てて誤魔化すみたいに言ってから、葉は少し勿体つける。『なんだ?』と、言うように貴志狼は片眉を上げた。
「明日は、出張緑風堂。ね?」
葉の言葉に、貴志狼だけでなく、思わず鈴も、葉の方に顔を向けた。二人の視線を独占して、葉がにっこり。と、微笑む。
葉の笑顔に、貴志狼が難しい顔をした。恐らくは、嫌な予感がするのだろうし、その予感は当たっているだろう。
まあ。俺には関係ないけど。
そう心の中で呟く鈴だった。
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