真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

12 迷惑? 3

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「あ。言い忘れたけど。明日。休みね」

 葉がそう言いだしたのは、バイトの前日だった。
 鈴は普段、緑風堂では週に二日しかバイトをしていない。鈴がしたくないというよりも、鈴がいなければ緑風堂はそれほど忙しいわけではなかったからだ。鈴の夏休み期間中、ほかのバイトを探そうかと思っていたら、『最近ちょっと忙しいんだよね』と、葉がバイトを増やすことを提案してきた。断る理由もなく、週に五日バイトに入ることになったのだが、葉は気まぐれで、こんなふうにいきなり休みになることがある。

「……うん」

 カウンターの奥の席。本棚の前。いつも菫が座っている席に座って、鈴は気のない返事を返した。
 別に葉の話を聞いていないわけではない。聞いてはいるけれど、興味がないだけだ。

「……わかった」

 と。いうよりも、何にも心が動かない。まるで、石になってしまったようだ。
 鈴は思う。
 菫のメッセージを見たあの日から、心が凍り付いて動かない。一応日常生活は無難にこなしているけれど、生きているというよりも、息をしているだけだった。
 その鈴の様子に、葉は何か言いたげに口を開く。
 けれど、言葉が見つからないのか、ため息を零して、視線を移した。

「最近。あいつ。来ないんだな」

 その二人の様子を横目でちらり。と、見てから、カウンターのもう一方の端に座った貴志狼が言った。
 店内には、三人(と、三匹)のほかには誰もいない。今日は平日で日替わりが割と遅くまで残っていたので、閉店時間は7時半だった。片づけを終わらせて、直ぐ帰ろうとしていた鈴を葉が『お茶、一杯飲んできな?』と、呼び止めて、今に至る。

「あの人の好さそうなヤツ」

 貴志狼の言葉に少し困ったような顔をした葉に、貴志狼はそれでも言葉を続けた。彼は空気を読めない男ではない。だから、きっと、これはわざとだ。

「ああ。うん。今日も昼間お兄さんが日替わりと、お茶だけ買いに来てくれたけどね」

 昼過ぎに来たという椿に鈴は会ってはいない。大学に資料を借りに行っていたからだ。
 正直、会いたくない。と、いうよりも、会わせる顔がないので、会えなくてよかったと思う。

「なんで来ねえんだ?」

 茶器を持ち上げて、一口口に含んでから、貴志狼が続ける。やはり、きっと。ではなく、完全にわざとだ。

「……うん。忙しいみたい。七里塚の黒羽稲荷って、知ってる?」

 窘めるように少しきつい視線を貴志狼に送ってから、葉が答えた。貴志狼が言わせたい一言と違っているのは、葉にも分かっているだろう。呆れたように、諦めたように視線を上に向けてから、貴志狼が頷いた。

「ああ。場所くらいは……な。ジジイのガキの頃はあの辺に家があったらしいぞ。仲間とさんざ悪さして回ったって、自慢してた」

 貴志狼の返事に今度は葉が呆れたような顔になる。

「それ、自慢なの? ま、壱じいちゃんらしいけど」
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