真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

12 迷惑? 2

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 次第に橙色に変わっていく光が眩しくて、帽子を深くかぶり直しながら、菫は再び作業を始めた。
 静かな松林。遠くに犬の散歩をしている人が見える。その人は立ち止まって、胡散臭げに菫を見るけれど、声もかけずに立ち去っていった。
 ふと、何か、空気の揺らぎのようなものを感じて、菫は振り返った。

 そこには何もなかった。
 ただ、荒れ果てた社と、刈り倒されて少しだけ集められた草の山があるだけだ。

「……なあ。聞きたいこと。あるんだけど」

 けれど、菫は声をかけた。
 社の方向。その奥から何か、夏の熱気とは違う、温かな空気の流れを感じたからだ。

「のぶさ。本当に消えたいのかよ」

 何故か、声が震える。それは、菫の奥のさらにもっと奥にある何かが揺さぶられているからだと感じた。

「俺のやってること。……迷惑?」

 一瞬。何の音も聞こえなくなった。遠くから聞こえていた車の音も、虫の声も、人が息づく騒めきも。
 それが、肯定のように感じて、菫は顔を伏せた。

「お前もう。この世界が嫌になった?」

 ふと、風が吹き抜ける。痛む心の奥を、誰かが撫ぜたような気がした。労わるように。慈しむように。

「俺は、お前の嫁になんてなんねえよ? 鈴が好きなんだ。だけど……」

 静かになった林の中に遠く、近く、それの息遣いが聞こえた。

「間に合わないって、決定事項みたいに言うなよ。せめて、努力くらいはさせろよ。簡単に……簡単じゃなくても。諦めんなよ。
 俺の気持ちだって、少しは聞けよ。消えてほしくないって、思っちゃだめなのかよ」

 ざあ。と、今度は大きく風が吹く。

「あ」

 帽子が飛ばされそうになって、思わず頭に手を伸ばすと、その手が何かに触れた。それは、菫の手の代わりに帽子を押さえてくれる。
 それは、温かかった。

「ぼーっとするな。ドジっ子め」

 耳元で小さな声が聞こえた。

「ここへは、もう来るな」

 その言葉と、菫の手をそっと撫でる感触だけを残して、気配は消えた。残ったのは、焼け跡のような匂い。
 途端に、ひぐらしの声が大きくなる。振り返っても、そこには誰もいなかった。

「……なんだよ……それ」

 ぎゅ。と、菫はそれの感覚が残る手を握り締めた。

「ふざけんな。誰がドジっ子だ。何がここへはくるなだ。どいつもこいつも、勝手なことばっかり言いやがって。散々人に迷惑かけといて……最後ばっかカッコつけようとすんな!」

 菫の声が松林に響く。

「お前がその気ならいいよ。こっちも勝手にする!」

 ぎゅ。と、熊手を握って、力いっぱい草をかき集める。

「覚悟しとけ!!」

 夕日が社と境内を照らす。
 そうして真っ暗になるまで、菫は境内の掃除を続けたのだった。
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