真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

11 怪物 2

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 初めて会ったときから、あの狐は気に入らなかった。最初から、あいつが菫と縁があるのはわかっていたからだ。
 人ならざるものを見る目には稀に人と人。人と人ならざる者の『縁』が見える。目を持っていれば誰にでも見えるわけではないかもしれないし、縁があれば誰のものでも見えるわけではないのかもしれない。少なくても、葉と貴志狼の鎖が菫の目にも見えていたように、鈴の目にもそれは見えていたのだか、同じような目を持つ鈴の姉には見えていなかった。理由は分からないし、考えたこともない。能力の強さにも、おそらくは関係ない。そういうものなのだと、理解はしていた。

 鈴の目には、その『縁』が菫とあの狐の間に見えた。

 それは、葉と貴志狼のような形をしていたわけではない。菫は気づいてはいない。ただ、あの狐は知っている。見えているのではない。知っている。のだ。
 おそらくそれは、よく人が前世とかいう今の菫が生まれる前からの繋がりだ。しかも、かなり強く深い。菫と重なるようにして見えた黒髪の女性。その人物から続く『縁』だ。少女の姿をした狐が言っていたように、もしかしたら、番だったのかもしれない。
 だから、危険だと思った。

 だから、『近づくな』と、強い言霊を使った。

 あの狐に菫に対する害意はない。それどころか、弱っているのは一目瞭然なのに、菫を守ろうとしていた。あの黒犬程度なら、そよ風のようなものだっただろう。
 けれど、あの日。菫が高熱を出したあの日の相手は別物だった。いつもよりも激しく鳴った鈴に驚いて菫の元へ急いだ鈴は、見た。何処から湧いてでたのかは知らないが、悪霊と称されてもおかしくないものだった。

 首のない女。

 あんなものが、田舎とはいえ昼日中の町中に普通に居るなんて、信じられない。しかも、あの女は明らかに菫を標的にしていた。
 鈴だって、菫を守るために、大切なものをなげうつ覚悟はした。けれど、あの女を消し去ったのは、あの狐だ。鈴が一瞬躊躇する間に、決着はついた。
 消えかけるほど消耗しているのに、なんでもないと、笑う。菫にはお前が助けたと伝えろと、言うのだ。恩を売れば、その人は戻ってくるかもしれないのに。
 鈴が躊躇った一歩を、躊躇なく踏み出したその狐がもっと嫌いになった。

 だから、今度は、『約束してほしい』と、強引に強請った。
 そう鈴が言ったら、菫が断れないことを知っていた。知っていて約束させた自分が、狐よりももっと嫌いになった。

 優しい菫にとってそれが重荷になることも分かっていたし、菫が納得していないことも分かっていた。ただ菫は鈴が強く望むから気持ちを汲んでくれただけだ。
 だから、『ごめん』という言葉がほしいわけではなかった。

 菫が悩むことを知っていても、鈴は約束がほしかった。菫の身の安全のためなんて言い訳だ。
 本当は、ただ、あの雄を菫に近付けたくなかっただけだ。目に見えるほどの『縁』を持ったものを、菫に近付けてしまうのが怖かっただけだ。
 自分は、誘蛾灯に集まる蛾の一匹に過ぎない。菫と特別な『縁』を持っているアレとは違う。
 だから、『ごめん』という言葉がほしいわけではなかった。

 スマートフォンに手を伸ばす。カウンターに伏せたままのそれを手に取る。けれど、ディスプレイをONにできない。

 『ごめん』と、菫が送ってくれるたびに罪悪感が募る。約束はあくまで鈴のためだ。菫のためではない。それなのに、菫は鈴を信じてくれているし、守れない約束を無理矢理押し付けた鈴に申し訳ないと思っている。
 だから、メッセージを見るのが嫌だった。

 そう思ってから、『違う』と、鈴は思う。
 見るのが嫌なのは、もしかしたら、いつか『ごめん』に『心変わりをして』という前置きがつくかもしれないからだ。
 菫の気持ちを信じていないというわけではない。ただ、幼いころから容姿以外に褒められた記憶があまりない鈴にとっては、そんな表面的なもので菫の気持ちを自分に向けさせておける自信がなかった。
 人と人の『縁』。言い換えれば『因縁』は、簡単なものではない。アレが人ならざるものだということも、救いにはならない。菫は人とそうでないものを明確に区別していないからだ。
 その『縁』に。否、あの神の使いとも称されるものに。菫が惹かれていくようなことがあったとき、自信をもって自分を見てほしいと言えない自分がいることに鈴は気付いていた。

 ヴヴ。

 と、また、着信が鳴った。今度は随分と間を置いた着信だった。
 反射的にディスプレイをONにしていた。。

「あ」

 そこに表示されていた文字に鈴は固まったまま動けなくなってしまった。
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