真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

10 きいてほしいことがあるんだ 2

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 黒羽が消えないように、できることをしようと、菫は決めた。
 それはもちろん、花嫁とか生贄とかそういうものになろうということではない。もし、菫が自分の想いを犠牲にしても、せいぜい50年。人の一生からすれば、それでも半生分はあるかもしれないけれど、一時しのぎには違いないし、結局、過去にあったことを繰り返しているだけのような気がした。

 だから、鈴にその思いを告げるためにメッセージを書いた。

 鈴との約束を反故にしていいと思っているわけではないし、鈴が何をどこまで知っていて社に近付くなと言っているか菫には分からない。もしかしたら、鈴にはあの生贄の娘の魂の記憶が見えているのかもしれない。だから、菫を黒羽に近付けたくなかったのかもしれない。菫の知らない別の理由があるのかもしれない。
 その理由が何だったにせよ、鈴がそれを不快に思っていることは確かで、それが分かっていても菫の意志が変えられないのも、確かだった。

 だから、気持ちを伝えることで決定的に鈴を怒らせてしまったとして、嫌われてしまったのだとしたら、仕方がない。

 と、思ってから、そんなわけがないと自分自身で否定する。仕方がないなんて割り切れるはずがない。そんな簡単な気持ちで、男なんて好きにならないし、ましてや付き合おうなんて思うはずがない。
 未来のことなんて予測することしかできないし、陳腐な言い回しだけれど、菫にとっては鈴は最後の人だと思う。きっと、もう、鈴のように好きになる人は、いない。もしここで、鈴との関係が切れてしまったとして、他の誰かと恋をしても、鈴への想いは心の一番深い場所に刺さり続けると思う。

 我ながら重いとは思うし、そんなに重い想いを抱えているくせに、ほかの何かまで手に入れたいなんて傲慢だと思う。
 それでも、それが池井菫という人間なのだと、菫自身にはわかっていた。
 きっと、今、自分を曲げて鈴に合わせても、絶対にこの先で同じことが起こる。予感ではなく、確信。
 前世がどうとか、本当かどうかも分からないし、雄の物の怪に嫁になれとか言われるようなことはもう二度とないとは思うけれど、何かに思いを残している人ならざるものを見てしまったら、それがたとえ無駄だとしても放ってはおけない。あのワンピースの女性にしたように。
 鈴がそれを危険だと止めてくれるのはわかっていたし、何かをしてあげたいなんて高尚なことを考えているわけじゃない。
 ただ、勝手に身体が、心が動いてしまうだけだ。

 だから、自分でもやめることができない。それが、池井菫なのだ。

 それが受け入れられないと、鈴が言うなら、どの道この先長く一緒にいることはできない。
 受けれいてほしいなんて、我儘は言えない。鈴はそもそも、菫に固執しなければいけないような男性ではない。それでも。だ。鈴を好きでいることだけはやめられない。
 それを、メッセージに込めた。

 夏も終わりに近づいた夕暮れ。
 西日の強い日のことだった。
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