真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

9 Aさんのためにできること 3

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「何がだ?」

 多分、椿に黒羽のことを話しても、おそらく理解不能な上に、菫の精神を疑われるだろう。実際、自分が体験したことでなければ、菫だって信じはしないと思う。

「えと……例えば……なんだけど。Aさん。って人がいたとして。その人は……B社っていう会社から……電気を売ってもらってるんだ。ただ、Aさんの家はもう古くなっていて、電気の引き込みが上手くいかないし、直すのにはお金も時間もかかる。それで、Aさんって人は、実は病気で人工的に酸素を供給してるんだけど、電気が来ないと命に係わるんだ」

 何を言い出したのか。と、呆れることもしないで、椿は菫の話を聞いていた。

「……そんな状態なのに、Aさんは、Cさんを助けるために、無茶をして余計に病気を悪化させてしまったんだ。けど、Cさんはたまたま、Aさんの酸素吸入器に繋げるバッテリーを持っていた。このバッテリーを繋げば、Aさんは助かる。でも、そのバッテリーはCさんが友達のDさんと仕事に使うと約束した大切なものなんだ。Aさんを放っておけないし、Dさんとの約束を破るわけにもいかない。Cさんはどうすればいいと思う?」

 我ながら、酷いたとえだ。ただ、理系研究職の椿にはこんな言い方のほうが伝わると思った。

「家の電気を直すしかないだろ」

 当たり前のことのように、椿は答える。どうして、そんなことで悩むんだ。という顔だ。いや、菫にも分かってはいる。分かってはいるけれど、できないから悩んでいるのだ。

「でも、直すのは大変なんだ。お金もかかるし、時間だって足りないかもしれない」

 だから、反論した。

「じゃあ、バッテリーが切れたらどうするんだ? 電力会社からの供給ならともかく、バッテリーなんて一時的なものだろうが。先送りにしても、いつか困るだけだろう?」

 けれど、椿の言葉はどこまでも正論だった。

「それじゃ、Cさんは助けてもらったのに、何もしなくてもいいってこと?」

 それでも、まだ、菫は反論してしまった。もしかしたら、誰かに、『犠牲になれ』と、言われるのを待っていたのかもしれない。と、思う。そうしたら、楽になれる。強要されたと言い訳できるし、助けられない無力さに悩むこともない。

「いや。別に何にもしなくていいとは言わん。けどな。いくら病気とはいえ、自分の家を直すのを人にやってもらうとかダメだろうが。それに、人の仕事の邪魔をするのも違うだろう。甘え過ぎだ。病院に行くという選択肢もある。
 もし、どうしても家を離れられんというなら、Cさんも出資して家を作り直したらどうなんだ? 手伝いをするとか、早く工事してくれる業者を探すとか、簡易的な工法がないか探すとか、できることなんていくらでもあるだろうが」

 まるで、菫の打算に気付いているみたいに、椿は全くブレない答えを返した。
 椿の言っていることは正しい。
 そんなことは、菫だって知っていた。だから、菫だって、椿と同じ答えを選んだのだ。どうしていいかもわからなかったし、鈴との関係を険悪にしたくはないと思っていたけれど、一番まっとうなやり方で助ける道を選んだ。それが、どれほど困難かもしらないわけではないというのに。

「安易な方法に流されずに根本を改善すべきだ。お前は。助けてくれた人に長生き。してほしいんだろ?」

 椿の言葉に、菫は頷いた。いつの間にか、お前は。と、言われていたのに気付いてはいなかった。

「……ありがとう。にいちゃん。そだよな。俺。も少し頑張ってみる」

 無駄かもしれないなんて、初めからわかっていたことだ。でも、どうしたらいいかは、まだ、考えつくしていない。新三は30年以上方法を探したと言っていたから、もう、見つからないような気がしていたけれど、人間である菫が探したら別の方法が見つかるかもしれない。ないと思ってしまったら、見つかるものも見つからない。
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