真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
311 / 392
月夕に落ちる雨の名は

6 ごめん 1

しおりを挟む
 最初にLINEのメッセージを送ったのは1週間前だった。
 鈴が去っていった日。

 ごめん。

 と。一言だけ。
 本当はもっといろいろなことを書いた。でも、全部言い訳にしか見えなかったから、消した。
 返事は来なかった。既読すらつかなかった。
 それでも、毎日。メッセージを送っている。言葉は全部同じだ。

 ごめん。

 それだけ。
 迷惑だと分かっているから、一日一度だけ。
 結局一度も、既読はつかない。それでも、今日も、同じ言葉で送信を押した。

 何も、手につかなかった。仕事には行っているし、家事もしている。けれど、何をしていても夢の中にいるみたいで、後になって思い出してみても、どうやって、なにをしていたのかすら思い出せなかった。ただ、惰性のように同じ行動を繰り返している。もしかしたら、一週間同じものを朝食に出し続けていたかもしれない。椿も祖母も何も言わない。だから、本当に菫には思い出せない。
 何を食べても味がしない。景色がモノクロで、色がない。何を見ても心が動かない。眠れないし、笑えない。涙も出ない。
 あんなに心配していた黒羽のことも、まるで他人事のようだった。

 ただ、毎日、何度も何度もスマートフォンを確認しては、鈴からの連絡だけを待っていた。そして、それが永遠に来ないかもしれないという想像に怯えていた。

「菫」

 何もする気がおきなくて、休日の午前。畳に敷いた布団の上に寝転がって、天井をぼー。っと、見ていると、廊下から祖母の躊躇いがちな声が聞こえてきた。

「何?」

 最低限の言葉で答えると、一瞬間を置いてから、祖母がふすまを開ける。

「平丘地区の地区長さんから電話来てるよ」

 いわれていることの意味が分からなくて、菫は首を傾げる。祖母の声はいつも通りなのに、まるで外国語を聞いているようだった。いや、意味は分かる。けれど、理解ができない。ただ、表面を言葉だけが滑って流れていく。

「ああ。うん。でる」

 それでも、菫は身体を起こした。反射的に返事を返す。返してから、ようやく社の前であった人だと思い至った。
 のろのろと立ち上がって受話器に向かう。祖母はかかってきた電話を子機に回すことができないから、仕方なく居間までいって、受話器を取った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...