真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

今は昔 3 なんてこと 4

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 今の領主に限らず、黒羽狐を所詮は獣の類と侮るものはそれまでにも少なくはなかった。けれど、黒羽狐は口だけの奴らは殆んど相手にはしなかった。ただ、彼がナワバリと決めている場所で、悪意を持って他を害するものには、容赦ない返礼を送っていた。
 力には力を。
 策略には策略を。
 彼は決して愚か者ではない。それどころか、人よりも長い命から得た経験と狡猾とも称される知略は人に勝っていた。

 そんな黒羽狐は里が裏切るかもしれないと予想していたはずだった。だからこそ、権六を女の供につけたのだ。
 予想外だったのは、二つ。
 人を嫌っていた権六が人のために命を投げうとうとしたこと。
 それを、黒羽狐に覚られなかったこと。

 黒羽狐は権六を誰より信頼していた。信じているのは五人の眷属の全てに等しい。ただ、最も頼りにしていたのは間違いなく権六だった。それほど、二人は長く一緒にいた。
 権六は仲間を思う気持ちが強い。だからこそ、それ以外のものを受け入れない。この林に流れ着くまで、人に迫害されていたと言葉少なく語った。黒羽狐が人に関わることに反対していたし、女のことも里へ返せと再三言っていた。
 ただ、女と一緒に暮らして、彼が変わったことも黒羽狐は知っていた。黒羽狐にとって彼女がどういう存在なのかも理解してくれていただろう。

 黒羽狐は人が好きだった。できることなら、彼の住むこの地くらいは、穏やかであれと願った。公言はしなかったけれど、そのためにできることはした。里人が裏切ったのが本意ではないことも知っていたから、考えうる限り、もっともうまく行くだろう確率が高い方法を選んだけれど、それでも里人が裏切るというのなら、犠牲が出ることは仕方ないと思っていた。
 黒羽狐にとっては仲間は最も大切なものだった。
 それと同じくらい、今はあの女が大切だった。
 
 だからこそ、黒羽狐は権六に女を託した。彼女を、そして、権六自身の命も守ってくれると、信じた。たとえ、里人に犠牲が出たとしても。だ。
 けれど、それは、全て過信だったのだと、黒羽狐は気付いたのは、大切な、大切な仲間の。家族の首を前にした時だった。
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