真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

5 距離。おかせてください。 3

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「ないよ」

 その菫の言葉を、鈴はきっぱりと否定した。

「今、色々な場所で、こんなことが起きてる。ここだけじゃない。
 田舎だけじゃなくて、や。都会の方が多い。こんなふうに人と繋がれなくなった小さな社はたくさんあって。殆どは、縁起を語り継いでいないから、どうやってしまいをつけていいかすら分からないで、放置されてる。多くは、祟ることができるほどの力も残っていない。人と繋がった記憶だけを大事に抱えて……消えてくんだ」

 まるで、そんなものを、たくさん見てきたかのように、鈴は言った。

「それを、救う方法なんて……。や。救うなんておこがましい。
 人はね。菫さん。簡単に非科学的なんて言葉を口にする。ほんの50年前まで、当たり前みたいに信じてたくせに。信じて、神様なんて言われているものに散々負債を作ってきた。それなのに今ではそんなことすっかりと忘れて、自分たちには関係ないって言う。そんな非科学的なこと信じてないって。でも……親が作った借金がどんな使われ方をしていたか知らないからって、その借金を知らないって踏み倒して、何もないなんて。ありえないだろ?
 だから、色々なところで起こってる軋轢は当然の弁済なんだ。救うなんてことじゃない。
 それでも……方法なんてないんだよ。菫さんみたいな。特別な人に。代われるものなんてない。あるとしたら、それはたくさんの人が信じて、大切にした時間だけだ。もう、間に合わない。
 だけど」

 鈴の言い方は、人よりも、消え行く者たちに寄り添っているように、菫には感じられた。鈴が一体何を見てきたのかは分からない。菫が思っているのよりもずっと、悲惨なものを鈴は見てきたのかもしれない。そして、鈴はきっと、そんなものを見せられることを望んではいなかったのだ。

「それを弁済すべきなのは、菫さんじゃない。わかってるだろ?」

 その上でそれを切り捨てろ。と、鈴は言う。

「わかって……」

「わかってない。そういう優しさが、ああいうものに付け入る隙とか、結ばなくていい因縁を与えるんだってわかってない」

 少し苛立ったような口調で、鈴は続けた。菫が口を挟む隙を与えてはくれない。伏せたままの視線が、鈴のどんな気持ちを表しているのかわからなくて、混乱する。

「だから……ここへはもう来ないでほしいって言ったのに……」

 捲し立てるように言ってから、鈴は大きくため息をついた。やはり、怒って呆れて。迷っている。と、思う。このまま、菫と付き合っていていいのか。と。

「それで?」

 ようやく、鈴の視線が菫のそれに重なる。

「え?」

 問われている意味が分からなくて、菫は呆けたような声を返した。

「……菫さんはこれからどうするつもりなんですか?」

 鈴がどんな答えを期待しているのか、何と答えたらいいのかはわかっていた。そして、そうすることが菫のためにも一番いいのだということも分かっていた。問題は一つだけだ。ただ、それが途轍もなく重い。

「……俺は」
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