真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

5 距離。おかせてください。 1

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 松林の中で、時間は、恐ろしくゆっくりと流れていた。
 もう、数日たってしまったのではないかと、菫には思えた。もちろん、実際には数分。いや、もしかしたら、一分にも満たないのかもしれない。それでも、菫には永遠のように感じられたのだ。
 この場所は、そんな錯覚を現実のものとして、許してしまうような、そんな場所だった。

「菫」 

 その時間を終わらせたのは菫ではなく、鈴の声だった。
 死刑宣告をされるような気がして、菫の肩がびくり。と、震える。

「俺に言えないような。こと?」
 
 菫が好きなよく響く低い鈴の声。鈴の声はいつもと変わらない。しかし、菫には違って聞こえた。

「……そ……か」

 その、鈴の声が小さく揺らぐ。まるで、それは。

「……ちが……っ」

 鈴の声が、泣いているように聞こえて、菫は思わず叫ぶように言った。

「違うよ。鈴に言えないことなんてない」

 顔を上げると、鈴はいつも遠くから見るような無表情だった。もちろん、涙が流れていることなんてない。

「じゃあ、どうしてここにいるの? あいつに会いに来たんじゃないってこと?」

 淡々とした口調だった。責めるような響きはない。けれど、それが、余計に心臓を貫く。

「……あいに……来たのは、間違いないけど。理由があって。
 鈴の誕生日の夜。俺のこと猫? にした男の子の姿した狐。新三って言うんだけど、あいつに聞いたんだ。
 あいつ。……黒羽。このままほっといたら消えるって。この社が。こんなふうになってるから、力がなくなってて。なんとかしないと、冬まで持たないって。
 だから、あいつら。黒羽と人間の世界? を繋ぐ方法を探してて。それが……」

 菫のあまり要領を得ない説明を、鈴はそれでも口を挟まずに聞いていた。否定も、肯定もしない。相槌すら打たない。ただ、聞いていた。
 その鈴の反応が怖くて、菫は鈴から視線を逸らした。先を続けるのが怖い。上手く伝えられる気がしない。ただ、黙っていても、結果は変わらない気がして、菫は早口で先を続けた。

「……鈴は、知ってたかもしれないけど。俺は、その。結構変わってるみたいで。新三は『夜』に近い。って言ってたけど。そういうの、あんまりいないみたいで。
 俺みたいなのが、その。……黒羽の番になれば……」

 ご。っと。不意に何かを叩くような鈍い音が響く。驚いて、顔を上げると、鈴の拳が、松の木を打っている。

「それで?」

 低い呟き。
 菫の耳に、ひゅ。と、自分自身の息を飲む音が聞こえた。

「それで。あいつのものになりに。来たの?」
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