真鍮とアイオライト 1

司書Y

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月夕に落ちる雨の名は

今は昔 2 こころ 4

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 雲間に月が隠れる晩だった。
 黒羽狐の住処へ向かう道を老人が歩いていた。
 その老人は、黒羽狐の元に生贄を差し出した里の里長だった。老人はある決意をもって黒羽狐の元に向かっていた。

 松林に住まう大狐。黒羽狐は里に住むものを傷つけるようなことはなかった。
 たまに松林を通るものをほんの少しおどかしたり、揶揄ったりしてはいたが、それはほとんど子供の悪戯と同じで、『狐か狸にばかされたんだ』と、笑ってすまされる程度のことばかりだった。

 それが、宿場を十も超えるほど遠くまで聞こえるような悪さをするようになったのは、ほんの数年前からだった。そして、それは黒羽狐の住処を含む小さな盆地を治める領主が代替わりしたのと同じ時期だった。
 穏やかで民思いだった前の領主と違い、新しい領主は強欲で下々のことを顧みない。理由をつけては税を上げ、少しでも評判の娘がいれば城に上がるように強制され、農繁期にも関係なく若い男は働き手として連れて行かれた。

 それに逆らう術を里のものは持ち合わせていたかった。言われるままに税を納め、若い娘を連れていかれ、暴力に耐える日々を送っていた。そんな身勝手な領主を狙って、狐の悪戯(と、言うにはあまりに攻撃的だが)が、始まったのだ。

 だから、里人は感謝こそすれ、狐に恨みなどないし、生贄が必要だとも思ってはいない。
 生贄が必要なのは、攻撃されている権力者だけだ。

 娘が生きていることを、どうやって知ったのか、それは分からない。けれど、そのことで、里は領主に娘が逃げ出したのではないかと疑いをかけられてしまった。
 表立った被害はなくなったのだが、被害を受けたと公にはできないような邪な金品や、中央に露見したら領地をはく奪されるような連中の被害は生贄を捧げる以前よりもむしろ酷くなっていたからだ。
 生贄が逃げ出したから、狐が怒っているのだと領主は考えていたのだ。

 被害がなくなっていないことも、被害を受けていると誰にも言えない後ろぐらい連中がいることも、里人は知らない。
 ただ、領主が『お主らのような平民が知らぬところで酷い被害が出ているのだ』と、言ったならそれを信じることしか、彼らは知らない。生まれてから死ぬまでこの狭い盆地の中から一度もでることもないような素朴な里のものには、従うほかに方法もなかった。

 里長は娘を黒羽狐に差し出して受け入れられた証にと、一度女を連れ帰り、正式に輿入れさせてほしいと言った。
 それで領主の気が済むのならと、黒羽狐はそれを受け入れた。もちろん、領主を信じたわけではなく、娘には黒羽狐の第一の眷属権六が供をすることになった。
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