真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
296 / 392
月夕に落ちる雨の名は

今は昔 2 こころ 3

しおりを挟む
 黒羽狐には、5匹の眷属がいた。
 第一の眷属、黒羽狐にも負けぬ大狐の[[rb:権六 > ごんろく]]。
 第二の眷属、中央の絵師にもその姿は描けぬと言われるほどの美女、[[rb:御清 > おせい]]。
 第三の眷属、長身痩躯、忠義に厚い[[rb:臣丞 > じんすけ]]。
 少年のような風体の新三。少女のような姿の冴夜。の双子。この二人は権六とは兄弟と言っていたのだが、親から生まれ落ちたものではないから、本当かどうかは分からない。ただ、少なくとも女には容姿はともかく、信頼し合う姿が本当の兄弟のように見えた。
 常に松林に在って黒羽狐のそばに控えているのは権六と新三、そして冴夜だけで、あとの二人はどこへ行くのか、一月も姿を見ないこともあった。

 女が大狐の元に来てから、季節が一回りした頃だった。
 もう、女はすっかりと松林の住人として、大狐の眷属たちにも、林に住まうほかのものたちにも認められていた。特に権六と御清は女を黒羽狐の伴侶として扱って、まるで家族のように接してくれた。
 親を亡くして一人ぼっちになった女にとっては、それが何より嬉しかった。

 女が黒羽狐の生贄に捧げられてから、里では狐の悪戯の話題は全く聞かなくなった。顔を隠してこっそりと里の様子を見に行っても、狐の話が口の端にのぼることはない。かわりに、里を救うために黒羽狐のところへ行った女のことを、里人は敢えて誇張までして、子供たちに聞かせていた。

 里を救ってくれた女がいたのだ。と。

 少し寂しいと思う反面、女はほっとしていた。少なくとも、実害がなければ、狐との平穏な暮らしが壊れることはない。そう思ったからだ。
 しかし、黒羽狐は女を生贄に差し出させるような領主を許してはいなかった。ただ、表立って恥をかかせるようなやり方をやめただけで、目に見えない部分で搾取した税を分配したり、売られそうになった女子供を逃がしたりはしていたのだった。

 もちろん、女はそれに気付いていた。
 女は学があるわけではない。けれど、愚かではなかった。
 それでも、黒羽狐を窘めることをしなかったのは、狐の行いで救われるものがいるのだと知っていたからだ。

 その代償を、わが身で負うのだとも知らずに。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...