292 / 392
月夕に落ちる雨の名は
3 死ぬってこと? 2
しおりを挟む
「やってみたさ。あんたに頼む前にどうにかしようとした。けど、30年かけてもダメだった。
社。人間たちの手で、再建して……。再建はしなくてもいい。ちゃんとした体裁なんていらない。もともとそんなの、勝手に人間が決めたもんだし。ただ、しっかり管理させる。あくまで人間の手で。だ。
そんなの、今更できるのか? 無理だろ。人間には俺たちの声は聞こえない」
新三の言葉には深い諦観が籠っていた。きっと、彼のいう通り、この社がこんなふうになってしまわないよう、彼は努力してきたのだろう。それに人間は気付かなかった。
神社や祭りなどの地域を存続させる仕組みが次第に消えていっているのは、何もここだけに限らない。田舎には、そこかしこにいわれの分からない祠や社や碑が点在しているが、すでに祭りも行われなくなり、修繕もされていない場所も多い。
そこには過去何かを願って招いた神が祀られていて、そこに住む人々の祖先は恩恵を得る代わりにそれらを信仰していた。それをそこに住む人のせいだけにはできないが、何が、どうしてそこに在るのか分からなくなったのは人間の勝手で、神々に対する負債が消えたわけではない。親がした借金が何に使われたか分からないからと言って、踏み倒す権利などない。
せめて分霊してきた元の神社にお返しできればいいが、それすら伝わっていない場合も多い。
きっと、この社も同じなのだろう。
「一人じゃだめだ。この方法で黒羽様が存在していくのなら、少なくとも数十人。場合によっては数百人の人間の力は必要になる」
確かに、その大きな流れを変えるのは難しい。新三一人でどうにかできる問題ではない。
おそらくは、菫一人でもどうなるものでもないだろう。時間はかければかけるほど難しくなる。30年前でも遅かった。今ではどうにもならないと、新三が思うのは無理もない。
「別に。それを人間のせいにするつもりなんてない。俺たちはどこからかここへ連れてこられたわけじゃなくて、ここで生まれた。人間の全部が薄情じゃないのも知ってる。
そう言うことじゃなくて。ただ……」
放置されて機能がおかしくなる神社の話は聞いたことがある。実際には見たことがないけれど、危険だという人は多い。
だから、祀られている者たちは人間を恨んでいるのかと思っていた。でも、新三は言った。
「俺はただ。あの人に消えてほしくないだけだ。もう、家族を亡くしたくないだけだ。権六兄も、清姉も、臣丞もいない。もう、俺と冴夜には黒様しか……」
新三の声が、握りしめた拳が震える。それだけで、彼が黒羽をどれだけ思っているのか分かった気がした。
「だから。あんたが、嫌だというなら……」
そう言って、新三は顔を上げた。その目を見た途端、身体が動かなくなる。赤い。赤い瞳だった。
「悪いとは思う。だから、俺のこと恨んだっていいし、北島のガキには俺が全部悪いって言えばいい」
何か言いたくて、唇を動かそうとしても、声も出ない。怖い。と、言うより何故か酷く悲しかった。
出てはくれない言葉の代わりに、瞳の端に涙が溜まる。その涙に、新三は一瞬、酷く狼狽したように見えた。
「ごめん」
と、伸ばした新三の手が菫の眉間に触れようとした時だった。
社。人間たちの手で、再建して……。再建はしなくてもいい。ちゃんとした体裁なんていらない。もともとそんなの、勝手に人間が決めたもんだし。ただ、しっかり管理させる。あくまで人間の手で。だ。
そんなの、今更できるのか? 無理だろ。人間には俺たちの声は聞こえない」
新三の言葉には深い諦観が籠っていた。きっと、彼のいう通り、この社がこんなふうになってしまわないよう、彼は努力してきたのだろう。それに人間は気付かなかった。
神社や祭りなどの地域を存続させる仕組みが次第に消えていっているのは、何もここだけに限らない。田舎には、そこかしこにいわれの分からない祠や社や碑が点在しているが、すでに祭りも行われなくなり、修繕もされていない場所も多い。
そこには過去何かを願って招いた神が祀られていて、そこに住む人々の祖先は恩恵を得る代わりにそれらを信仰していた。それをそこに住む人のせいだけにはできないが、何が、どうしてそこに在るのか分からなくなったのは人間の勝手で、神々に対する負債が消えたわけではない。親がした借金が何に使われたか分からないからと言って、踏み倒す権利などない。
せめて分霊してきた元の神社にお返しできればいいが、それすら伝わっていない場合も多い。
きっと、この社も同じなのだろう。
「一人じゃだめだ。この方法で黒羽様が存在していくのなら、少なくとも数十人。場合によっては数百人の人間の力は必要になる」
確かに、その大きな流れを変えるのは難しい。新三一人でどうにかできる問題ではない。
おそらくは、菫一人でもどうなるものでもないだろう。時間はかければかけるほど難しくなる。30年前でも遅かった。今ではどうにもならないと、新三が思うのは無理もない。
「別に。それを人間のせいにするつもりなんてない。俺たちはどこからかここへ連れてこられたわけじゃなくて、ここで生まれた。人間の全部が薄情じゃないのも知ってる。
そう言うことじゃなくて。ただ……」
放置されて機能がおかしくなる神社の話は聞いたことがある。実際には見たことがないけれど、危険だという人は多い。
だから、祀られている者たちは人間を恨んでいるのかと思っていた。でも、新三は言った。
「俺はただ。あの人に消えてほしくないだけだ。もう、家族を亡くしたくないだけだ。権六兄も、清姉も、臣丞もいない。もう、俺と冴夜には黒様しか……」
新三の声が、握りしめた拳が震える。それだけで、彼が黒羽をどれだけ思っているのか分かった気がした。
「だから。あんたが、嫌だというなら……」
そう言って、新三は顔を上げた。その目を見た途端、身体が動かなくなる。赤い。赤い瞳だった。
「悪いとは思う。だから、俺のこと恨んだっていいし、北島のガキには俺が全部悪いって言えばいい」
何か言いたくて、唇を動かそうとしても、声も出ない。怖い。と、言うより何故か酷く悲しかった。
出てはくれない言葉の代わりに、瞳の端に涙が溜まる。その涙に、新三は一瞬、酷く狼狽したように見えた。
「ごめん」
と、伸ばした新三の手が菫の眉間に触れようとした時だった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる