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月夕に落ちる雨の名は
2 またかよ 4
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「『そんな』? って、どういう意味だよ」
言われている意味が分からない。菫は自分が平凡であると疑っていない。特に優れているところも、劣っているところもない所謂普通の人間だ。周りからだってそういう評価を受けてきたと思う。
「気付いてないのか? ああ。そうか。だから。そんなふうに、晒して歩けるんだ。その。瞳」
新三の瞳にぼう。と、赤い火が灯ったような気がした。気のせいだったかもしれない。
「……それが何なのか、俺にもわからない。けど、あんたは『普通』じゃないよ。変なものによく付きまとわれないか?」
思い当たることが多すぎて、咄嗟に否定はできなかった。
「そういうのに、俺たちみたいなものは、惹かれる。手に入れたくなる。そういうもの。
それから、近い。俺たちが住んでる世界に。そうだな……『夜』だ。夜に近い。
そういう人間は殆どいない。俺たちが見えるだけのものなら、少ないけどいるにはいるけど、あんたは……あんたの目は『夜』に近いから、『夜』に住んでるものからもよく見える。だから、繋がる。
あの人も。『そう』だった」
正直な話、新三の言っている意味はよく分からなかった。
人ならざる者が見える目。そういうものを持った人は一定量存在するのだと、鈴や葉が教えてくれた。希少ではあるけれど、別におかしいことではないらしい。けれど、そんな特異体質を持つものの中でも、さらに菫は異質なのだというのだろうか。
『夜』と、新三は表現した。
菫は夜が好きだ。
それは、菫が持つ目が夜に近いからだったのだろうか。
「別に子供を産めなんて言わない。ただ、黒羽様と関係を結んでほしいだけだ」
新三のかなり曖昧で感覚的な言葉の意味を考えていたからだろうか、その後に続いた言葉を聞き逃しそうになった。
「……は? え? それ、どういう……」
聞き逃しはしなかったけれど、意味が分からなくて菫は聞き返す。
「情を交わすってこと。や。今は。なんて言うんだっけ? ああ。そう。セックスするってこと」
見た目思春期の少年が恥ずかしげもなくそんな表現をするから、菫は何も返せなかった。リアクションもとれなかった。成人指定の漫画や小説のような展開に頭がついて言っていないのも事実だ。
「……まさか。知らないのか? 成人してるって聞いてたけど」
呆れたような顔で新三は言う。
分っている。コレは人間ではない。だから、見た目が子供のようでも、菫の何倍も生きているのだ。ただ、新三の方も菫も分かってはいても、つい見た目に惑わされる。
「知ってる。けど、そういう意味じゃない」
「じゃあ。どういう意味なんだ?」
いつの間にか、また敬語が外れているのは、きっと、焦っているからだろう。敵意は感じない。きっとこれが素の彼なのだ。もちろん、姿が。ではなく、人となり?が。だ。
ただ、薄い人の皮を被ったその下に、長い鼻があっても、尖った耳があっても、ふさふさの尾があっても、菫は怖いとは思わなかった。化かされているとも思わなかった。鈴が、菫に化けた彼らに気付いたように、姿を変えられてもその目は変わらない。何の根拠もないけれど、その考え方がしっくりくると感じた。
ただ、協力してやるには、大きな問題がある。
「だから。……のぶと。そいうことすんのは……無理」
菫の言葉に途端に新三の表情が険しくなる。
「……北島のガキがいるから?」
まるで、空気にガラスの破片が混ざったようだった。それが、菫ではなく、鈴に向いている気がする。
そうだ。
菫は思う。
目の前のコレは人間ではない。所謂生物学上の狐でもない。
日本昔話に出てくる、葉っぱを頭にのっけて化ける。アレだ。
「アレがいなかったら、いいのか?」
初めて、怖いと思った。猫の姿にされても怖いとは思わなかったし、空間を繋げるなんてありえないことがあっても、なんとなく受け入れていたのに、はじめて思う。彼らは自分とは相容れないものなのかもしれない。
「……や。鈴は関係ない」
慌てて否定したけれど、恐らく意味はない。こんな言葉で誤魔化せる気はしなかった。
確かにそうでなくても、黒羽とするなんて躊躇するのは間違いないけれど、即答で断ったのは鈴の顔が浮かんだからなのは事実だからだ。
「……黒羽様は、もうずっと力なんて使わないで、社に籠ってた。ごくたまに夜をぶらつくことはあって、誰にも関わることなんてなかった。そうしていれば、まだしばらくはそのまま過ごせたかもしれない」
殺気とも呼べるほどの空気がふと、和らぐ。直接、鈴をどうこうしようという気持ちはないのだろうか。かわりに新三は自分を落ち着かせるように努めてゆっくりと話し始めた。そして、そこで言葉を区切る。その先を躊躇しているように見えた。
「けど。あんたに会ったから」
何かを振り切るように、新三は言った。
言われている意味が分からない。菫は自分が平凡であると疑っていない。特に優れているところも、劣っているところもない所謂普通の人間だ。周りからだってそういう評価を受けてきたと思う。
「気付いてないのか? ああ。そうか。だから。そんなふうに、晒して歩けるんだ。その。瞳」
新三の瞳にぼう。と、赤い火が灯ったような気がした。気のせいだったかもしれない。
「……それが何なのか、俺にもわからない。けど、あんたは『普通』じゃないよ。変なものによく付きまとわれないか?」
思い当たることが多すぎて、咄嗟に否定はできなかった。
「そういうのに、俺たちみたいなものは、惹かれる。手に入れたくなる。そういうもの。
それから、近い。俺たちが住んでる世界に。そうだな……『夜』だ。夜に近い。
そういう人間は殆どいない。俺たちが見えるだけのものなら、少ないけどいるにはいるけど、あんたは……あんたの目は『夜』に近いから、『夜』に住んでるものからもよく見える。だから、繋がる。
あの人も。『そう』だった」
正直な話、新三の言っている意味はよく分からなかった。
人ならざる者が見える目。そういうものを持った人は一定量存在するのだと、鈴や葉が教えてくれた。希少ではあるけれど、別におかしいことではないらしい。けれど、そんな特異体質を持つものの中でも、さらに菫は異質なのだというのだろうか。
『夜』と、新三は表現した。
菫は夜が好きだ。
それは、菫が持つ目が夜に近いからだったのだろうか。
「別に子供を産めなんて言わない。ただ、黒羽様と関係を結んでほしいだけだ」
新三のかなり曖昧で感覚的な言葉の意味を考えていたからだろうか、その後に続いた言葉を聞き逃しそうになった。
「……は? え? それ、どういう……」
聞き逃しはしなかったけれど、意味が分からなくて菫は聞き返す。
「情を交わすってこと。や。今は。なんて言うんだっけ? ああ。そう。セックスするってこと」
見た目思春期の少年が恥ずかしげもなくそんな表現をするから、菫は何も返せなかった。リアクションもとれなかった。成人指定の漫画や小説のような展開に頭がついて言っていないのも事実だ。
「……まさか。知らないのか? 成人してるって聞いてたけど」
呆れたような顔で新三は言う。
分っている。コレは人間ではない。だから、見た目が子供のようでも、菫の何倍も生きているのだ。ただ、新三の方も菫も分かってはいても、つい見た目に惑わされる。
「知ってる。けど、そういう意味じゃない」
「じゃあ。どういう意味なんだ?」
いつの間にか、また敬語が外れているのは、きっと、焦っているからだろう。敵意は感じない。きっとこれが素の彼なのだ。もちろん、姿が。ではなく、人となり?が。だ。
ただ、薄い人の皮を被ったその下に、長い鼻があっても、尖った耳があっても、ふさふさの尾があっても、菫は怖いとは思わなかった。化かされているとも思わなかった。鈴が、菫に化けた彼らに気付いたように、姿を変えられてもその目は変わらない。何の根拠もないけれど、その考え方がしっくりくると感じた。
ただ、協力してやるには、大きな問題がある。
「だから。……のぶと。そいうことすんのは……無理」
菫の言葉に途端に新三の表情が険しくなる。
「……北島のガキがいるから?」
まるで、空気にガラスの破片が混ざったようだった。それが、菫ではなく、鈴に向いている気がする。
そうだ。
菫は思う。
目の前のコレは人間ではない。所謂生物学上の狐でもない。
日本昔話に出てくる、葉っぱを頭にのっけて化ける。アレだ。
「アレがいなかったら、いいのか?」
初めて、怖いと思った。猫の姿にされても怖いとは思わなかったし、空間を繋げるなんてありえないことがあっても、なんとなく受け入れていたのに、はじめて思う。彼らは自分とは相容れないものなのかもしれない。
「……や。鈴は関係ない」
慌てて否定したけれど、恐らく意味はない。こんな言葉で誤魔化せる気はしなかった。
確かにそうでなくても、黒羽とするなんて躊躇するのは間違いないけれど、即答で断ったのは鈴の顔が浮かんだからなのは事実だからだ。
「……黒羽様は、もうずっと力なんて使わないで、社に籠ってた。ごくたまに夜をぶらつくことはあって、誰にも関わることなんてなかった。そうしていれば、まだしばらくはそのまま過ごせたかもしれない」
殺気とも呼べるほどの空気がふと、和らぐ。直接、鈴をどうこうしようという気持ちはないのだろうか。かわりに新三は自分を落ち着かせるように努めてゆっくりと話し始めた。そして、そこで言葉を区切る。その先を躊躇しているように見えた。
「けど。あんたに会ったから」
何かを振り切るように、新三は言った。
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