真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
280 / 392

4 やうそくのあかし 4

しおりを挟む
 目が覚めると、見慣れた天井が見えた。古い日本家屋の、染みの浮いた天井板。
 視界は酷く狭い感じがするけれど、確かにそれは、見慣れた自分の部屋だと菫には分かった。
 息を吸い込むと、ぜひゅ。と、奇妙な音がした。それから、何かおかしなガスでも混ざっているのではないかと思えるような冷たくて、ザラザラとした空気が喉の粘膜を擦る。その感触に思わずせき込むと、金づちで殴られているのではないかと思えるくらいに頭が痛んだ。

「痛……っ」

 痛みに思わず涙が滲む。同時にこみ上げる吐き気。気持ちが悪い。けれど、それは胃がおかしいとかそういう類のものではなくて、脳みそに竹串をツッコまれて掻き回されているかのような脳天に来る気持ちの悪さだった。

「菫。大丈夫か?」

 目を覚ました途端、激しくせき込んだ菫の顔を心配そうにのぞき込んでいるのは、椿だった。

「……にい……ちゃ」

 声は酷く掠れていた。自分の声とは思えない。

「ああ。起きなくていい。そのまま寝ていろ」

 身体を起こそうとして、また、酷い頭痛に顔を顰めた菫を慌てて制して、椿が言う。

「熱が上がってるんだ。辛いだろう? 無理するな」

 そう言って優しく頭を撫でてくれる。

「もう少し楽になったら、医者行こうな? 大丈夫。兄ちゃんがついてる」

 昔から、いつだって、こんなふうに具合が悪くなると、椿が看病してくれた。むしろ、父母に看病してもらった記憶はない。いつも口うるさい椿だがそんなときはとても優しい。どんな我儘でも聞いてくれたし、一晩中手を握って励ましてくれた。

「俺……どやって。かえって……きたんだっけ?」

 昔からそうだった。菫は思う。菫は人より少し熱を出しやすい体質だった。虚弱だったというほどではない。ただ、精神的な負荷が大きくなると熱を出す。両親の離婚を聞かされた後もそうだった。酷い熱を出して数日寝込んで、そのせいで鈴と会ったことも記憶が曖昧になっていた。

「……ああ。あいつだ」

 菫の問いかけに、椿は面白くなさそうに答える。

「あいつ?」

 問いかえすと、一瞬、言おうかどうか迷ったような顔をしてから、やはり、諦めたように続けた。

「北島鈴だ。市民センターの裏で座り込んでいたお前を見つけて、家まで連れてきてくれたんだよ」

 椿の言葉に菫は意識が飛んでしまう前を思い出そうと試みた。

「LINEのやり取りの最中に返事が来なくなったとかで、様子を見に行ったら動けなくなっていたって。覚えているか?」

 思い出そうとすると、ずきん。と、頭が痛んだ。
 けれど、忘れているわけではない。

 市民センターを出て、鈴からのLINEを見て、足もとににや男が転がっていて、声が聞こえた。『ねえ』と。
 その声を、菫は知っていた。
 夢の中で聞いた声だ。

「……ちがう」

 思わず声に出していた。
 慌てて身体を起こそうとして、また、頭に激痛が走る。

「……あ……いったた」

 思わず蹲ると、慌てて椿が菫を押しとどめようと肩に手をかけた。

「なにしてるんだ。寝てろ」

 けれど、どうしても確かめたいことがあって、菫は身体を起こした。

「にいちゃん。俺のカバン。どこ?」

 問いかけると、訝し気な顔をしてから、椿は菫が職場に持って言っているトートバッグを渡してくれた。受け取って、その中を探る。そして、菫はその中から一冊のノートを引っ張り出した。

「それがどうかしたのか? なんか、食いたいものでもあるのか?」

 古いノート。菫が大切にしているレシピノート。祖母に教わったり、自分で調べた料理のコツが書いてある使い古されたノートだ。
 そして、あの日。黒羽が拾ってくれて、返してくれたノート。
 開くと、そこにはあの栞が挟まっていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...