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栞
2 誰にも望まれていないとしても 2
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逃げなくちゃ。
俺は唐突にそう思った。人さらいは怖い。家に連れ戻されるのは嫌。それなら、違う場所に移動するのがいい。当たり前の流れではあったと思う。だから、俺は逃げ出そうとして公園の入り口付近をちらりと確認した。
ねえ。誰かいるの? 助けて。
その時、また、声がした。声は普通の女性の声だった。本当に困っているというか、折角通りかかった人物が行ってしまいそうなことに焦っているような響きだ。
こんなところに押し込まれて、困っているの。
切羽詰まったような声だった。もしかしたら怪我をしているのかも。という考えが頭を過った。
そのゴミ箱は自販機の向こう側になっていて大きさはよくわからないけれど、意外と大きいのかもしれない。大人が入れるような大きさなのかもしれない。もしかしたら、声はゴミ箱の向こうの植え込みの中から聞こえるのかもしれない。誰かを脅かそうと思ったのか、悪いヤツに押し込められたのかは分からないけれど、とにかく出られなくなっていることは、本当かもしれない。
「大丈夫ですか?」
と、俺は声をかけながら恐る恐る近づく。
誰かにやられたのだとすると、怖いけれど、助けないといけない。そんな思いがどんどん大きくなっていった。今助けないと、もしかしたら、やったヤツが戻ってくるかもしれない。早くしないと。
早く。早く助けて。
近付いていくと、声はやっぱりゴミ箱の中から聞こえてきているように思える。
そこで、気付けばよかった。そして、そこで逃げだせばよかった。でも、僕はそうしなかった。
痛い。痛い。このままじゃ。
声が酷く苦しげだったからだ。そして、声が途切れる。かわりにうめき声。
慌てて駆け寄って、俺はぎょっとした。
大きいと思っていたごみ箱は自販機と分別ゴミ箱の向こう側になっていた部分がなかった。張りぼてのように全面だけが大きくて、縦長な上にプラと燃えるゴミの二つに分割されていて、人どころかよく駅のゴミ箱に捨てられているような週刊誌すら捨てられそうにない。もちろん、人が隠れられるような大きさではなかった。
大体、気付かなきゃいけなかった。
ねえ。たすけて。
ごみ箱の中から声が聞こえる。
あの女の子といたとき、何も聞こえてなかったこと。本当に困っているなら、もっと前に声をかけるはずだ。俺がこの公園に入ってから、公園内に入ってきた人はいない。すーちゃんが出て行ったきりだ。
だから、これは、きっと。
がさり。と、物音がした。
ゴミ箱の中から聞こえた気がする。
ゴミ箱の近くまで来て気づいたのだが、足もとのアスファルトに水たまりができている。アスファルトの黒よりも黒い液体。錆びてギイギイとやかましい音を立てる校門の扉を閉めるときの匂い。
たすけて。くれないの?
声には僅かに感情がこもったような気がした。けれど、それは、怒りとも、落胆とも、嘲りともとれる。
そんなはずがないと確認してみるけれど、ごみ箱の向こう側はすぐに植え込みになっていて、人がいるような隙間はないし、そもそも、声は間違いなくゴミ箱の中から聞こえるのだと気付く。声がくぐもって聞こえるのはビニール袋越しに聞こえてくるからだろうか。
がさり。また、物音。
怖くて怖くて堪らない。
堪らないのに、俺の脚はゴミ箱に近付く。操られているようだ。
はやく。助けて。
いやだ。いやだ。と、心の中で叫ぶ。それでも、近づくのをやめられない。ゴミ箱の口は何かで濡れていた。街灯が青白く暗いのと、黒いごみ袋がかかっているので、その液体の色がわからなかった。
ここから。だして。
俺は唐突にそう思った。人さらいは怖い。家に連れ戻されるのは嫌。それなら、違う場所に移動するのがいい。当たり前の流れではあったと思う。だから、俺は逃げ出そうとして公園の入り口付近をちらりと確認した。
ねえ。誰かいるの? 助けて。
その時、また、声がした。声は普通の女性の声だった。本当に困っているというか、折角通りかかった人物が行ってしまいそうなことに焦っているような響きだ。
こんなところに押し込まれて、困っているの。
切羽詰まったような声だった。もしかしたら怪我をしているのかも。という考えが頭を過った。
そのゴミ箱は自販機の向こう側になっていて大きさはよくわからないけれど、意外と大きいのかもしれない。大人が入れるような大きさなのかもしれない。もしかしたら、声はゴミ箱の向こうの植え込みの中から聞こえるのかもしれない。誰かを脅かそうと思ったのか、悪いヤツに押し込められたのかは分からないけれど、とにかく出られなくなっていることは、本当かもしれない。
「大丈夫ですか?」
と、俺は声をかけながら恐る恐る近づく。
誰かにやられたのだとすると、怖いけれど、助けないといけない。そんな思いがどんどん大きくなっていった。今助けないと、もしかしたら、やったヤツが戻ってくるかもしれない。早くしないと。
早く。早く助けて。
近付いていくと、声はやっぱりゴミ箱の中から聞こえてきているように思える。
そこで、気付けばよかった。そして、そこで逃げだせばよかった。でも、僕はそうしなかった。
痛い。痛い。このままじゃ。
声が酷く苦しげだったからだ。そして、声が途切れる。かわりにうめき声。
慌てて駆け寄って、俺はぎょっとした。
大きいと思っていたごみ箱は自販機と分別ゴミ箱の向こう側になっていた部分がなかった。張りぼてのように全面だけが大きくて、縦長な上にプラと燃えるゴミの二つに分割されていて、人どころかよく駅のゴミ箱に捨てられているような週刊誌すら捨てられそうにない。もちろん、人が隠れられるような大きさではなかった。
大体、気付かなきゃいけなかった。
ねえ。たすけて。
ごみ箱の中から声が聞こえる。
あの女の子といたとき、何も聞こえてなかったこと。本当に困っているなら、もっと前に声をかけるはずだ。俺がこの公園に入ってから、公園内に入ってきた人はいない。すーちゃんが出て行ったきりだ。
だから、これは、きっと。
がさり。と、物音がした。
ゴミ箱の中から聞こえた気がする。
ゴミ箱の近くまで来て気づいたのだが、足もとのアスファルトに水たまりができている。アスファルトの黒よりも黒い液体。錆びてギイギイとやかましい音を立てる校門の扉を閉めるときの匂い。
たすけて。くれないの?
声には僅かに感情がこもったような気がした。けれど、それは、怒りとも、落胆とも、嘲りともとれる。
そんなはずがないと確認してみるけれど、ごみ箱の向こう側はすぐに植え込みになっていて、人がいるような隙間はないし、そもそも、声は間違いなくゴミ箱の中から聞こえるのだと気付く。声がくぐもって聞こえるのはビニール袋越しに聞こえてくるからだろうか。
がさり。また、物音。
怖くて怖くて堪らない。
堪らないのに、俺の脚はゴミ箱に近付く。操られているようだ。
はやく。助けて。
いやだ。いやだ。と、心の中で叫ぶ。それでも、近づくのをやめられない。ゴミ箱の口は何かで濡れていた。街灯が青白く暗いのと、黒いごみ袋がかかっているので、その液体の色がわからなかった。
ここから。だして。
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