真鍮とアイオライト 1

司書Y

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3 誰にも望まれていないとしても 1

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 空には星が見えていた。周りはしんと静まり返っている。人に姿はない。それどころか、物音ひとつ聞こえない。まだ、8時にはなっていないはずで、近くの民家には明かりがともっているけれど、無音。車の音も、人の気配もない。まるで、絵にかいた街のように静まり返っている。

 ぞくり。と、何かが背中を撫でたような気がした。それはすごく冷たい手をしていて、背中の表面ではなく、背骨の中を通り抜けていくようだと俺は思う。
 さっきまでとてもかわいい少女と一緒にいた。その子に会う前までは、昨夜見たホラー特集のことを思い出したりして怖がっていたくせに、強がりだったかもしれないけれど、俺は少女には何もいないと言った。結局、今はその自分自身の言葉が自分の心を強くしていた。そんなものはいない。いないのだ。と。
 怖いよりも、切ない気持ちが強かったせいも、あるかもしれない。帰れないという気持ちが強かったせいかもしれない。
 とにかく、この時の俺は、ただ臆病なウサギみたいにちょっとしたことで、逃げ出そうと思ってはいなかった。

 がさり。と、ふいに、少し離れた場所で物音がした。生ごみの入ったごみ袋を近くのごみステーションに持っていくお使いをしたことがある。あのときのビニールの音に似ていた。
 音のした方を振り返ると自動販売機があった。俺のいるブランコの方から見ると、手前に自販機、その向こうにペットボトルや缶の分別用のゴミ箱があり、その向こうに黒いビニール袋がかけられているゴミ箱がある。
 ここのゴミ捨て場は物置小屋のようになっている俺の家の近くのごみステーションや、ネットがかかっているタイプのごみステーションではないから、もしかして、カラスとかがごみを漁っているのかと思う。でも、よく目を凝らしても動く何かの影は見えないし、鳥は夜になると目が見えなくなってしまうということを俺は思い出していた。
 カラスでないなら、野良犬か野良猫だろうか。

 ねえ。

 声が聞こえた。ような気がした。

 何かの強烈な匂い。
 生臭いような、錆び臭いような匂い。その匂いを俺は嗅いだことがあった。

 ねえ。

 と、さっきよりもはっきりした声。大人の女性の声だ。母よりは少し若い感じがした。けれど、少し掠れて空気が抜けるような変な声だ。ヒューヒューと何かの管を空気が通るような音がしている。
 自販機の方は電灯があって明るいけれど、自販機のところにも、ゴミ箱のところにも見える場所には人の姿はない。もしかしたら、自販機のうしろとか、その向こう側の立木の陰とか、背の低い植え込みの向こうとか、そんな障害物の影に声の主の女の人が隠れているだけなのかもしれない。

 ねえ。

 と、もう一度声がした。空耳ではない。確実に聞こえている。
 もう一度聞いてみて、声は自販機の方と言うよりも奥のゴミ箱の方から聞こえている気がした。きっと、誰かが脅かそうとしていると思う。そんなことをする意味があるのかな。と、さすがに小学生の俺でも不審には思った。けれど、子供だから、大人がこんな場所にこんな時間に隠れている上に、そんな場所から子供に語り掛けるような合理的な理由が、それしか思いつかなかった。
 もしかしたら、小学生がこんな時間に遊んでいるから、懲らしめてやろうとしているのかと思う。そうだったら、怒られた後に、家に強制送還されるんだろうか。
 そんなふうに考えて、一瞬後ずさる。家に帰れと言われるのは嫌だった。

 誰かいるんでしょ?

 それが、もしかしたら、人ならざるものなんじゃあないか。と、俺は思わなかった。怖かったのは呪われるとか、祟られるとかそういうことじゃない。
 自他ともに認める怖がりのくせに、心霊特集は好きだし、よく見る。もちろん、『本物』は真贋つけかねるような微妙な心霊写真でさえ見たこともなかったけれど、もし、心霊現象なんてものが本当にあるのだとしたら、こんな何の曰くもない、普通の民家に囲まれたごくごくありふれた公園でなく、恐ろし気な逸話がある所謂心霊スポットであるものだろう。と思っていた。
 だから、その声の主が人であることは疑ってはいなかったのだが、そんな場所に『人』が隠れているのだとすると、その方が怖いのではないかと、気付いたのだ。物陰に隠れて、薄暗い公園で小学4年生に声をかける成人女性は確実に良くない。怖い人だ。
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