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栞
2 熱病 2
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心配になってスマートフォンを取り出すと、通知欄にはLINEのメッセージの着信があることを知らせるアイコンが表示されていた。
すこし体調悪そうですけど、大丈夫ですか?
タップすると、そんな文字がすぐに目に飛び込んできた。心配そうな顔が目に浮かんで、なんだか喉の奥が熱くなる。ちょっとした変化に気付いてくれたのが嬉しい。
きっと帰り際になにか言いたげだったのは、このことだったのだろう。
俺が会いたいとか言ったから、無理してないですか?
あの日。社で黒羽に会った。それから、鈴と駐車場で約束をした。もう、二度とあそこには近づかない。と。
その後、鈴がそのことに触れることはなかったし、菫もそのことを話題にはしなかった。というよりも、元々、菫と鈴が黒羽や社のことを話題にすることなんて殆どなかった。意図してその話題を避けようとしなくても、話題に上ることはないし、そのことを話さないからといって、二人の関係が不自然になることなんてない。それは、約束をする前も後も変わらなかった。
ただ、鈴はあの日以来、頻繁に菫に会いたがるようになった。
大学の講義はもうほとんどないらしいし、就職先も内定している。もちろん、そうでなくても夏休みだ。大学生が忙しいとすれば、バイトくらいのものだろう。口にはしないけれど、鈴の家はそこそこ以上に裕福だからか、あまり、バイトを増やす気もないらしい。ただ、夏休みの間だけとの約束で、緑風堂のバイトを少し増やしてはいるらしいが、それも菫が仕事中で会えない時間に限ってのことだった。
だから、鈴がやることと言ったら卒業制作と、種々の資格試験勉強くらいで、それも菫がいるこの図書館にパソコンを持ち込んでやっていた。二階のキャレル席に王子様が出没する。と、近所の高校の女子の間でかなり話題になっているらしい。
とにかく、少しでも時間があると鈴は菫の元に通っていた。
もちろん、菫だって、鈴と会うのは嬉しい。付き合い始めてから間もないというわけでもないけれど、まだまだ二人でいるのが楽しくて仕方がない頃だと思う。それに、受け身側だとしても菫も男だ。『そういうこと』だって、もっとしたい。
だから、鈴が菫に会いたがるのも、菫と同じでただ単に『好き』が溢れ出した結果なのだとも思えた。
でも。会いたい。
LINEのメッセージ欄に踊る文字。
会っている間、鈴は優しい。恥ずかしくなるくらいに思いを伝えてくれるし、まるで、古典の貴重書でも扱っているかのように大切に扱ってくれる。
それでも、ふと見せる、見せないように努めている不安そうな顔が、鈴の行動の全部をあの日の鈴につなげてしまう。菫の思い過ごしかもしれない。
すき。なんです。
ただ、出来立ての恋人に会いたいだけだとしても、不安を消すためにいつでもそばにいたいだけだとしても、鈴の気持ちの根っこになる部分は同じだ。そして、それは、菫の気持ちとも同じだった。
「……うん。おれも……」
壁に寄りかかったまま、ぎゅ。と、スマートフォンを抱きしめる。
鈴を不安にさせてまで、黒羽に会わないといけない理由なんてない。そもそも、会いたいと思ってもいない。できることなら、人ならざるものと深くかかわりたくない。
『見る』目に強弱があるのだとしたら、ここ最近、確実にその目はよく見えるようになっている。つまりは、その能力?は、強くなっている。
見えること自体は仕方ない。あるものはあるのだし、あちらも見せつけようとまではしていないはずだ。ただ、今までは『そういうもの』はそういうものとして認識できていたのに、 『そういうもの』が、人と同じように見えてしまうときがある。仕事帰りに前から走ってきた人にぶつかりそうになったが、避けきれないと思ったら、すり抜けた。なんて、性質が悪すぎる。その状況はさすがの菫でも、『だめなこと』と、分かる。
だから、もう、これ以上、『そういうもの』と、深くかかわってはいけない。
それが、菫の出した答えだ。
助けてもらったことには感謝しているし、別に黒羽が嫌いなわけではない。けれど、もう、関わらない。そう、菫は心に決めていた。
すこし体調悪そうですけど、大丈夫ですか?
タップすると、そんな文字がすぐに目に飛び込んできた。心配そうな顔が目に浮かんで、なんだか喉の奥が熱くなる。ちょっとした変化に気付いてくれたのが嬉しい。
きっと帰り際になにか言いたげだったのは、このことだったのだろう。
俺が会いたいとか言ったから、無理してないですか?
あの日。社で黒羽に会った。それから、鈴と駐車場で約束をした。もう、二度とあそこには近づかない。と。
その後、鈴がそのことに触れることはなかったし、菫もそのことを話題にはしなかった。というよりも、元々、菫と鈴が黒羽や社のことを話題にすることなんて殆どなかった。意図してその話題を避けようとしなくても、話題に上ることはないし、そのことを話さないからといって、二人の関係が不自然になることなんてない。それは、約束をする前も後も変わらなかった。
ただ、鈴はあの日以来、頻繁に菫に会いたがるようになった。
大学の講義はもうほとんどないらしいし、就職先も内定している。もちろん、そうでなくても夏休みだ。大学生が忙しいとすれば、バイトくらいのものだろう。口にはしないけれど、鈴の家はそこそこ以上に裕福だからか、あまり、バイトを増やす気もないらしい。ただ、夏休みの間だけとの約束で、緑風堂のバイトを少し増やしてはいるらしいが、それも菫が仕事中で会えない時間に限ってのことだった。
だから、鈴がやることと言ったら卒業制作と、種々の資格試験勉強くらいで、それも菫がいるこの図書館にパソコンを持ち込んでやっていた。二階のキャレル席に王子様が出没する。と、近所の高校の女子の間でかなり話題になっているらしい。
とにかく、少しでも時間があると鈴は菫の元に通っていた。
もちろん、菫だって、鈴と会うのは嬉しい。付き合い始めてから間もないというわけでもないけれど、まだまだ二人でいるのが楽しくて仕方がない頃だと思う。それに、受け身側だとしても菫も男だ。『そういうこと』だって、もっとしたい。
だから、鈴が菫に会いたがるのも、菫と同じでただ単に『好き』が溢れ出した結果なのだとも思えた。
でも。会いたい。
LINEのメッセージ欄に踊る文字。
会っている間、鈴は優しい。恥ずかしくなるくらいに思いを伝えてくれるし、まるで、古典の貴重書でも扱っているかのように大切に扱ってくれる。
それでも、ふと見せる、見せないように努めている不安そうな顔が、鈴の行動の全部をあの日の鈴につなげてしまう。菫の思い過ごしかもしれない。
すき。なんです。
ただ、出来立ての恋人に会いたいだけだとしても、不安を消すためにいつでもそばにいたいだけだとしても、鈴の気持ちの根っこになる部分は同じだ。そして、それは、菫の気持ちとも同じだった。
「……うん。おれも……」
壁に寄りかかったまま、ぎゅ。と、スマートフォンを抱きしめる。
鈴を不安にさせてまで、黒羽に会わないといけない理由なんてない。そもそも、会いたいと思ってもいない。できることなら、人ならざるものと深くかかわりたくない。
『見る』目に強弱があるのだとしたら、ここ最近、確実にその目はよく見えるようになっている。つまりは、その能力?は、強くなっている。
見えること自体は仕方ない。あるものはあるのだし、あちらも見せつけようとまではしていないはずだ。ただ、今までは『そういうもの』はそういうものとして認識できていたのに、 『そういうもの』が、人と同じように見えてしまうときがある。仕事帰りに前から走ってきた人にぶつかりそうになったが、避けきれないと思ったら、すり抜けた。なんて、性質が悪すぎる。その状況はさすがの菫でも、『だめなこと』と、分かる。
だから、もう、これ以上、『そういうもの』と、深くかかわってはいけない。
それが、菫の出した答えだ。
助けてもらったことには感謝しているし、別に黒羽が嫌いなわけではない。けれど、もう、関わらない。そう、菫は心に決めていた。
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