真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
270 / 392

2 熱病 2

しおりを挟む
 心配になってスマートフォンを取り出すと、通知欄にはLINEのメッセージの着信があることを知らせるアイコンが表示されていた。

 すこし体調悪そうですけど、大丈夫ですか?

 タップすると、そんな文字がすぐに目に飛び込んできた。心配そうな顔が目に浮かんで、なんだか喉の奥が熱くなる。ちょっとした変化に気付いてくれたのが嬉しい。
 きっと帰り際になにか言いたげだったのは、このことだったのだろう。

 俺が会いたいとか言ったから、無理してないですか?

 あの日。社で黒羽に会った。それから、鈴と駐車場で約束をした。もう、二度とあそこには近づかない。と。
 その後、鈴がそのことに触れることはなかったし、菫もそのことを話題にはしなかった。というよりも、元々、菫と鈴が黒羽や社のことを話題にすることなんて殆どなかった。意図してその話題を避けようとしなくても、話題に上ることはないし、そのことを話さないからといって、二人の関係が不自然になることなんてない。それは、約束をする前も後も変わらなかった。

 ただ、鈴はあの日以来、頻繁に菫に会いたがるようになった。
 大学の講義はもうほとんどないらしいし、就職先も内定している。もちろん、そうでなくても夏休みだ。大学生が忙しいとすれば、バイトくらいのものだろう。口にはしないけれど、鈴の家はそこそこ以上に裕福だからか、あまり、バイトを増やす気もないらしい。ただ、夏休みの間だけとの約束で、緑風堂のバイトを少し増やしてはいるらしいが、それも菫が仕事中で会えない時間に限ってのことだった。
 だから、鈴がやることと言ったら卒業制作と、種々の資格試験勉強くらいで、それも菫がいるこの図書館にパソコンを持ち込んでやっていた。二階のキャレル席に王子様が出没する。と、近所の高校の女子の間でかなり話題になっているらしい。

 とにかく、少しでも時間があると鈴は菫の元に通っていた。

 もちろん、菫だって、鈴と会うのは嬉しい。付き合い始めてから間もないというわけでもないけれど、まだまだ二人でいるのが楽しくて仕方がない頃だと思う。それに、受け身側だとしても菫も男だ。『そういうこと』だって、もっとしたい。
 だから、鈴が菫に会いたがるのも、菫と同じでただ単に『好き』が溢れ出した結果なのだとも思えた。

 でも。会いたい。

 LINEのメッセージ欄に踊る文字。
 会っている間、鈴は優しい。恥ずかしくなるくらいに思いを伝えてくれるし、まるで、古典の貴重書でも扱っているかのように大切に扱ってくれる。
 それでも、ふと見せる、見せないように努めている不安そうな顔が、鈴の行動の全部をあの日の鈴につなげてしまう。菫の思い過ごしかもしれない。

 すき。なんです。

 ただ、出来立ての恋人に会いたいだけだとしても、不安を消すためにいつでもそばにいたいだけだとしても、鈴の気持ちの根っこになる部分は同じだ。そして、それは、菫の気持ちとも同じだった。

「……うん。おれも……」

 壁に寄りかかったまま、ぎゅ。と、スマートフォンを抱きしめる。
 鈴を不安にさせてまで、黒羽に会わないといけない理由なんてない。そもそも、会いたいと思ってもいない。できることなら、人ならざるものと深くかかわりたくない。
 『見る』目に強弱があるのだとしたら、ここ最近、確実にその目はよく見えるようになっている。つまりは、その能力?は、強くなっている。
 見えること自体は仕方ない。あるものはあるのだし、あちらも見せつけようとまではしていないはずだ。ただ、今までは『そういうもの』はそういうものとして認識できていたのに、 『そういうもの』が、人と同じように見えてしまうときがある。仕事帰りに前から走ってきた人にぶつかりそうになったが、避けきれないと思ったら、すり抜けた。なんて、性質が悪すぎる。その状況はさすがの菫でも、『だめなこと』と、分かる。

 だから、もう、これ以上、『そういうもの』と、深くかかわってはいけない。
 それが、菫の出した答えだ。
 助けてもらったことには感謝しているし、別に黒羽が嫌いなわけではない。けれど、もう、関わらない。そう、菫は心に決めていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...