真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
269 / 392

2 熱病 1

しおりを挟む
 上司に体調が悪い旨を伝えると、すぐに『帰って医者に行きなさい』と、追い立てられるように帰らされた。ありがたいのだが、人手不足がわかっているのに申し訳ない。
 ただ、着替えて市民センターを出るころには、そんなことは気にならなくなっていた。
 酷く寒い。
 外気温は30度を超えているはずなのに、寒い。身体がかたかた。と、勝手に震えるのが分かる。
 頭は痛いし、息がしづらい。いつも通り息を吸っているのに、口にビニール袋でも張り付けたみたいだ。喉の奥が鈍く痛んで、唾液を飲み込むのもツライ。

 入り口のガラス扉を開けながら、守衛室の中にいる守衛さんに頭を下げると、少し驚いた顔をして菫を見てから、ガラス越しに口が『だいじょうぶ?』と、動く。愛想笑いを浮かべて曖昧に頷くと、守衛さんは『きをつけて』と、続けて手を振った。
 一見して体調が悪いのが分かるくらいの顔になっているらしいと思うと、余計に症状がひどく感じられる。昔から、熱を出すことはよくあった。大抵は2~3日で回復するのだが、その間の記憶がなくなるくらいの高熱が出る。ただ、熱が出ると言うだけで、他の症状は出ないことが多いのに、今回は違っていた。
 以前、インフルエンザにはかかったことがあるけれど、その時よりもずっときつい気がする。

 ガラス扉を出て、壁沿いを歩く。後ろで、ギュッ。っと扉の閉まる音がした。
 不意に一瞬目の前が暗くなった。気のせいではない。菫はふらり。と、傾く身体を壁に手をついて支える。なんだか、少しぼーっとしてきた。
 運転して帰れるだろうか。と、頭の片隅で思う。けれど、電車で帰るのは体力的に無理だ。駅から家が遠すぎる。歩いて帰れる気がしない。バス停はそれほど遠くないけれど、バスは一日二本しかない。ちなみに次のバスは3時間後、終バスだ。
 かと言って、この状態でタクシーを使うのはタクシーの運転手さんによくないものを感染してしまいそうで申し訳ない。これが田舎の都市の現実。自家用車を持っていないと何もできない。ちなみに、菫の祖母は免許を持っていない。
 最悪、仕事中の兄を呼びだすしかないかな。と、覚束ない頭で考えていると、ふと。鈴の顔が頭に浮かんだ。

 自分がこんな状態ということは、鈴にもよからぬウイルスを感染させてしまっていないだろうか。前回の休み、菫は鈴といたのだ。鈴の誕生日で、ずっと一緒にいた。さっき来たときは具合の悪いような様子はなかったけれど、菫のように隠していただけかもしれないし、急に悪くなるようなこともあるかもしれない。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

処理中です...