真鍮とアイオライト 1

司書Y

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1 濃厚接触者 2

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 と、S市立図書館のカウンターに立って、菫は何とはなしに考えていた。今日は月曜日。水曜日休館のS市立図書館では最も利用者の少ない曜日だ。カウンターに立ってはいるけれど、午後2時を過ぎてから、10分。一人たりとも対応してはいない。夏休み中だし、図書館はエアコン完備とはいえ、連日真夏日の連続記録を更新していては、行き帰りの熱中症を心配して涼しくなってからでないと子供を送り出してくれる親もいない。
 だから、午後のカウンターは暇だった。用意した内職の配布用カレンダーの手折を早々にカウンター端に広げて、さて。始めるか、と思ったところで、視界の端に映った人物に菫は手を止めた。

「あ。こんにちわ」

 思わず顔がほころぶ。S市立図書館では司書のテンプレの挨拶だが、籠っている思いは明らかにほかの人に向けるのとは違っていると、自分でも自覚していた。

「こんにちわ」

 肩にかけたトートバッグから本を出して、近づいてくる姿を見て、小さな子供を連れたママさんが呆けたような顔をしている。理由はわかっている。カウンターに向かってくるその人物が、想像を絶する美形だからだ。まるで、ドラマのワンシーンを見ているようで、見慣れているはずの菫だって、一瞬ここが職場だということを忘れてしまいそうになる。

「珍しいね。鈴。こんな時間に」

 カウンターにはもう一人司書がいるのだが、わざわざ菫を選んで、鈴はバッグから出した本を渡した。もう一人が小柏だから避けただけかもしれない。彼女のことを嫌っているのではないけれど、苦手としているのは見ていれば分かる。

「午後教授に呼びだされてて。これから、大学です」

 菫と出会ってから、ことあるごとに図書館に足を運ぶ鈴は司書の間では常連さんと認識されている。もちろん、常連になったからと言って、贔屓をするようなことはない。けれど、殆どが女性司書のS市立図書館では、アイドル扱いだ。どんな利用者でも対応しているときは変わらないけれど、鈴が帰った途端に誰が対応したかでキャッキャウフフ。と、やっている。
 鈴はそんなことには気付いていないのだが、そもそも図書館に来ること自体、菫に会う口実だから、菫がカウンターに入っている時間を狙ってくるために、頻繁に話をする菫が羨望の眼差しを受けてしまう。

「ご苦労様です。あ。予約本来てるよ。持ってく?」

 そういう意味(?)で鈴に興味がないのは、既婚者(既婚者でも鈴は別腹だと目の保養を楽しんでいる人もいるが)を除くと、小柏くらいかもしれない。
 もちろん、鈴が小柏を苦手としているのは自分に興味がないからではない。どちらかというと、鈴は自分に興味がない相手の方が好ましく思っていると思う。菫がいないと、大抵はもう一人だけいる年配の男性司書か、既婚者の司書に声をかける。

「はい。お願いします」

 そんな不愛想な鈴が菫の言葉に微笑むと、事務所内から、んん。と、何やらうめき声が聞こえたけれど、それはもう、スルーすることにした。

「やあ。北島君」

 菫が予約本を取りに鈴の前を離れると、にっこり。と、微笑みながら、小柏が鈴に声をかけた。ちら。と、その顔を見ると、なにやらよからぬことを考えている時の顔だと、菫にはすぐにわかった。この笑顔は致命傷ではないし、苦笑いで済ますことができるけれど、わりと痛めの嫌がらせをするときに彼女が見せる笑顔だ。現在、このS市立図書館では菫が一番この被害を受けている。だから、分かる。

「こんにちわ」

 鈴も笑顔で答える。その笑顔が少しだけ引き攣っている。鈴は感情表現があまり豊かな方ではない。それでもやはり、菫には分かった。現在、多分、一番鈴のそばにいるのは菫だからだ。
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