真鍮とアイオライト 1

司書Y

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仮説とするには単純な

2 大切にしていたこと 3

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 放っておいたら椿はおそらくは一日中でも菫にべったりとくっついて説教をたれていただろう。もちろん、外出なんて許してはくれふはずない。お年頃の娘を持つ父親のように鈴を目の敵にしている椿を何とか引きはがすことができたのは、祖母の協力があったからだ。
 研究以外に興味がない変人の父を育てた祖母もかなり変わった人で、孫(♂)の恋人が男だと知っても一切動じることはなかった。鈴と交際していること、昨夜もその前の晩も鈴の家に泊まったこと、連絡が遅くなって心配させて申し訳なかったことを説明すると、『そう。よかったねえ』と、にこにこ笑いながら頭を撫でてくれた。驚かせて失望させてしまうかもしれないと思っていたのに、そんなふうに優しく包み込んでもらえたことが嬉しくて、思わず泣きそうになった。
 その祖母が『菫の好きなようにさせてあげなさい』と、椿に言ってくれたのだ。鈴のことを学生だからとか、今時のチャラい大学生だとか、ぶつぶつ。と、文句を言っていた椿は『菫の選んだ人が信じられないのかい?』と、あっさり論破されて、_| ̄|○。と、またしても項垂れていた。祖母を味方につけたことを上目遣いで恨めしそうに見つめる椿を横目に菫は家を出たのだ。
 菫も、椿も祖母にはとことん弱い。まったく頭が上がらない。だから、祖母が味方についてくれたのは、何よりも心強かった。

 そんなこんなで人生最大のお説教を延々と聞かされていたから、トートバッグの中に入れてあったレシピノートがないと気付いたのは、家を出る寸前になってからだった。鈴に作ってあげたくて甘さ控えめのケーキレシピを葉に教えてもらってメモったものだ。他にも祖母に教わった料理や自分で考えた料理のコツが書いてある。長い間少しずつ書き溜めたもので、古くなって汚れたただのノートだけれど、菫にとっては大切なものだった。

 落とした場所。

 と、想像してみて一番初めに思いついた場所は、鈴の家だった。家を出たよ。と、LINEするついでにノートを忘れていないかを尋ねたが鈴のところにはないと返事があった。
 次に思いついたのは、職場だ。けれど、職場では一度もノートを出した覚えはない。別にみられて困るものでもないのだが、数年使い続けてボロボロになっているノートは、自分用だから字も汚いし、料理しながら開いているから染みだらけで、張り付けた付箋やメモがポロポロと落ちることがあるので、できれば職場で開くのは避けたかったからだ。

 だとしたら、落としただろう場所はもう、一つしか思い当たらなかった。

 少し寄り道してから行くよ。
 鈴の家についたら、一緒に買い物に行こう。

 と、鈴にはLINEメッセージを送った。

 その場所に一人で行くのはあまり気乗りがしなかった。けれど、ノートはどうしても取り返したかったし、今日は何もないんじゃないかと、根拠不明の確信のようなものがあった。あくまで、根拠は不明だから本当に何もないかなんてわからない。ただ、ああいうものに午前中から遭遇することは稀だったし、そもそも悪戯が好きなくらいで悪いヤツには見えなかった。
 そこに近付きたくないという理由はどちらかと言うと、近づかない方がいいと言う鈴の忠告を無視していると思われるのが嫌だ。と、いうことだ。ただ、それでもレシピノートはなくしたくはないし、鈴を煩わせるようなことではないと思った。
 いくつもそれらしい理由を上げたけれど、結局菫はただ、甘く見ていた。と言うのが、正しい。狐たちの悪戯も、ガラの悪い男と出会ったことも、菫があれらを見ることができる目を持っているせいなのだと、思っていた。
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