254 / 392
仮説とするには単純な
2 大切にしていたこと 3
しおりを挟む
放っておいたら椿はおそらくは一日中でも菫にべったりとくっついて説教をたれていただろう。もちろん、外出なんて許してはくれふはずない。お年頃の娘を持つ父親のように鈴を目の敵にしている椿を何とか引きはがすことができたのは、祖母の協力があったからだ。
研究以外に興味がない変人の父を育てた祖母もかなり変わった人で、孫(♂)の恋人が男だと知っても一切動じることはなかった。鈴と交際していること、昨夜もその前の晩も鈴の家に泊まったこと、連絡が遅くなって心配させて申し訳なかったことを説明すると、『そう。よかったねえ』と、にこにこ笑いながら頭を撫でてくれた。驚かせて失望させてしまうかもしれないと思っていたのに、そんなふうに優しく包み込んでもらえたことが嬉しくて、思わず泣きそうになった。
その祖母が『菫の好きなようにさせてあげなさい』と、椿に言ってくれたのだ。鈴のことを学生だからとか、今時のチャラい大学生だとか、ぶつぶつ。と、文句を言っていた椿は『菫の選んだ人が信じられないのかい?』と、あっさり論破されて、_| ̄|○。と、またしても項垂れていた。祖母を味方につけたことを上目遣いで恨めしそうに見つめる椿を横目に菫は家を出たのだ。
菫も、椿も祖母にはとことん弱い。まったく頭が上がらない。だから、祖母が味方についてくれたのは、何よりも心強かった。
そんなこんなで人生最大のお説教を延々と聞かされていたから、トートバッグの中に入れてあったレシピノートがないと気付いたのは、家を出る寸前になってからだった。鈴に作ってあげたくて甘さ控えめのケーキレシピを葉に教えてもらってメモったものだ。他にも祖母に教わった料理や自分で考えた料理のコツが書いてある。長い間少しずつ書き溜めたもので、古くなって汚れたただのノートだけれど、菫にとっては大切なものだった。
落とした場所。
と、想像してみて一番初めに思いついた場所は、鈴の家だった。家を出たよ。と、LINEするついでにノートを忘れていないかを尋ねたが鈴のところにはないと返事があった。
次に思いついたのは、職場だ。けれど、職場では一度もノートを出した覚えはない。別にみられて困るものでもないのだが、数年使い続けてボロボロになっているノートは、自分用だから字も汚いし、料理しながら開いているから染みだらけで、張り付けた付箋やメモがポロポロと落ちることがあるので、できれば職場で開くのは避けたかったからだ。
だとしたら、落としただろう場所はもう、一つしか思い当たらなかった。
少し寄り道してから行くよ。
鈴の家についたら、一緒に買い物に行こう。
と、鈴にはLINEメッセージを送った。
その場所に一人で行くのはあまり気乗りがしなかった。けれど、ノートはどうしても取り返したかったし、今日は何もないんじゃないかと、根拠不明の確信のようなものがあった。あくまで、根拠は不明だから本当に何もないかなんてわからない。ただ、ああいうものに午前中から遭遇することは稀だったし、そもそも悪戯が好きなくらいで悪いヤツには見えなかった。
そこに近付きたくないという理由はどちらかと言うと、近づかない方がいいと言う鈴の忠告を無視していると思われるのが嫌だ。と、いうことだ。ただ、それでもレシピノートはなくしたくはないし、鈴を煩わせるようなことではないと思った。
いくつもそれらしい理由を上げたけれど、結局菫はただ、甘く見ていた。と言うのが、正しい。狐たちの悪戯も、ガラの悪い男と出会ったことも、菫があれらを見ることができる目を持っているせいなのだと、思っていた。
研究以外に興味がない変人の父を育てた祖母もかなり変わった人で、孫(♂)の恋人が男だと知っても一切動じることはなかった。鈴と交際していること、昨夜もその前の晩も鈴の家に泊まったこと、連絡が遅くなって心配させて申し訳なかったことを説明すると、『そう。よかったねえ』と、にこにこ笑いながら頭を撫でてくれた。驚かせて失望させてしまうかもしれないと思っていたのに、そんなふうに優しく包み込んでもらえたことが嬉しくて、思わず泣きそうになった。
その祖母が『菫の好きなようにさせてあげなさい』と、椿に言ってくれたのだ。鈴のことを学生だからとか、今時のチャラい大学生だとか、ぶつぶつ。と、文句を言っていた椿は『菫の選んだ人が信じられないのかい?』と、あっさり論破されて、_| ̄|○。と、またしても項垂れていた。祖母を味方につけたことを上目遣いで恨めしそうに見つめる椿を横目に菫は家を出たのだ。
菫も、椿も祖母にはとことん弱い。まったく頭が上がらない。だから、祖母が味方についてくれたのは、何よりも心強かった。
そんなこんなで人生最大のお説教を延々と聞かされていたから、トートバッグの中に入れてあったレシピノートがないと気付いたのは、家を出る寸前になってからだった。鈴に作ってあげたくて甘さ控えめのケーキレシピを葉に教えてもらってメモったものだ。他にも祖母に教わった料理や自分で考えた料理のコツが書いてある。長い間少しずつ書き溜めたもので、古くなって汚れたただのノートだけれど、菫にとっては大切なものだった。
落とした場所。
と、想像してみて一番初めに思いついた場所は、鈴の家だった。家を出たよ。と、LINEするついでにノートを忘れていないかを尋ねたが鈴のところにはないと返事があった。
次に思いついたのは、職場だ。けれど、職場では一度もノートを出した覚えはない。別にみられて困るものでもないのだが、数年使い続けてボロボロになっているノートは、自分用だから字も汚いし、料理しながら開いているから染みだらけで、張り付けた付箋やメモがポロポロと落ちることがあるので、できれば職場で開くのは避けたかったからだ。
だとしたら、落としただろう場所はもう、一つしか思い当たらなかった。
少し寄り道してから行くよ。
鈴の家についたら、一緒に買い物に行こう。
と、鈴にはLINEメッセージを送った。
その場所に一人で行くのはあまり気乗りがしなかった。けれど、ノートはどうしても取り返したかったし、今日は何もないんじゃないかと、根拠不明の確信のようなものがあった。あくまで、根拠は不明だから本当に何もないかなんてわからない。ただ、ああいうものに午前中から遭遇することは稀だったし、そもそも悪戯が好きなくらいで悪いヤツには見えなかった。
そこに近付きたくないという理由はどちらかと言うと、近づかない方がいいと言う鈴の忠告を無視していると思われるのが嫌だ。と、いうことだ。ただ、それでもレシピノートはなくしたくはないし、鈴を煩わせるようなことではないと思った。
いくつもそれらしい理由を上げたけれど、結局菫はただ、甘く見ていた。と言うのが、正しい。狐たちの悪戯も、ガラの悪い男と出会ったことも、菫があれらを見ることができる目を持っているせいなのだと、思っていた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる