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錨草と紫苑
6 終わりと続き 2
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行く道とは打って変わって、歩き出してしばらくしても菫は何も言わなかった。ただ、ぎゅ。と、鈴の手を握り締めて、歩いている。手の震えは止まっていたけれど、殆ど肩を寄せるようにしてくっついて歩いているのは、まだ、さっきの恐怖の余韻が残っているからだろうか。
その横顔を見つめる。
きっと、あの女性が変化したのは菫にあったからだ。
鈴は思う。
菫の優しさがあの女性を変えた。あの女性だけではない。おそらくは、道端のリーマン風の男も、足だけになった男も、緑風堂の猫たちも、あの社の狐も。菫に影響を受けて変わった。
それが何を意味しているのか考えるのが、少し怖い。
本人が望んでいなくても、菫は目立つ。鈴のような外見的な意味ではない。暗闇に生きる者には彼の優しさがまるで篝火のように見えるだろう。きっと、誰でも欲しくなる。
今まで無事でいられたのは、幸運どころか奇蹟かもしれない。
「……鈴」
そんなことを考えていたら、もう、駐車場の前まで来ていた。入り口を入って、車の方へと歩きながら、菫が名を呼んだ。
「なんですか?」
車のキーを出すために、手を離してほしいのかと思い、離れようとすると、そうさせまいとするかのように菫の手が強く鈴の手を握った。
「……ごめん。な。また、面倒くさいのに引っかかってた」
申し訳なさそうな、弱り切った顔で見上げてくる菫が危険に晒されるのは絶対に嫌だが、菫を守ったり助けたりすることを面倒くさいと思ったことはない。面倒くさいのはあくまで相手の人外であって、菫ではない。どんな面倒なことでも、菫が笑ってありがとうと言ってくれれば、それだけで報酬は十分だった。
「謝らないでください。菫さんがああいうの、放っておけないのは知ってます。ただ、できればああいうのを見つけたら、俺に教えてください。あんなのに菫さんが一人で会ってたかと思うと、怖いです」
人ならざるものは意外とそこいら中にいる。『眼』の質によって見え方も、見える範囲も人それぞれだけれど、菫の目にはほとんど全てのものが見えていると思う。見えるようになったのは小学生の頃だというが、柔軟な心を持っている子どもとはいえ、よくおかしくならなかったと思う。
ただ、菫は見ることしかできない。逃げる以外に対処法を知らない。それなのに、放っておけないと、あれらに近付く。
今まで何もなかったのか不思議なくらいだ。
「……気をつける」
じっ。と、菫の目が鈴を見つめる。だから、鈴も菫に視線を合わせると、菫は頬を僅かに赤くして、俯いてしまった。
もっと、言っておきたい、言わなければいけないことはあったと思う。けれど、それ以上言ってしまうと、また、責めているようになるか、我儘にしか聞こえなくなるか、どちらかのような気がした。
その横顔を見つめる。
きっと、あの女性が変化したのは菫にあったからだ。
鈴は思う。
菫の優しさがあの女性を変えた。あの女性だけではない。おそらくは、道端のリーマン風の男も、足だけになった男も、緑風堂の猫たちも、あの社の狐も。菫に影響を受けて変わった。
それが何を意味しているのか考えるのが、少し怖い。
本人が望んでいなくても、菫は目立つ。鈴のような外見的な意味ではない。暗闇に生きる者には彼の優しさがまるで篝火のように見えるだろう。きっと、誰でも欲しくなる。
今まで無事でいられたのは、幸運どころか奇蹟かもしれない。
「……鈴」
そんなことを考えていたら、もう、駐車場の前まで来ていた。入り口を入って、車の方へと歩きながら、菫が名を呼んだ。
「なんですか?」
車のキーを出すために、手を離してほしいのかと思い、離れようとすると、そうさせまいとするかのように菫の手が強く鈴の手を握った。
「……ごめん。な。また、面倒くさいのに引っかかってた」
申し訳なさそうな、弱り切った顔で見上げてくる菫が危険に晒されるのは絶対に嫌だが、菫を守ったり助けたりすることを面倒くさいと思ったことはない。面倒くさいのはあくまで相手の人外であって、菫ではない。どんな面倒なことでも、菫が笑ってありがとうと言ってくれれば、それだけで報酬は十分だった。
「謝らないでください。菫さんがああいうの、放っておけないのは知ってます。ただ、できればああいうのを見つけたら、俺に教えてください。あんなのに菫さんが一人で会ってたかと思うと、怖いです」
人ならざるものは意外とそこいら中にいる。『眼』の質によって見え方も、見える範囲も人それぞれだけれど、菫の目にはほとんど全てのものが見えていると思う。見えるようになったのは小学生の頃だというが、柔軟な心を持っている子どもとはいえ、よくおかしくならなかったと思う。
ただ、菫は見ることしかできない。逃げる以外に対処法を知らない。それなのに、放っておけないと、あれらに近付く。
今まで何もなかったのか不思議なくらいだ。
「……気をつける」
じっ。と、菫の目が鈴を見つめる。だから、鈴も菫に視線を合わせると、菫は頬を僅かに赤くして、俯いてしまった。
もっと、言っておきたい、言わなければいけないことはあったと思う。けれど、それ以上言ってしまうと、また、責めているようになるか、我儘にしか聞こえなくなるか、どちらかのような気がした。
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