真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
240 / 392
錨草と紫苑

6 終わりと続き 2

しおりを挟む
 行く道とは打って変わって、歩き出してしばらくしても菫は何も言わなかった。ただ、ぎゅ。と、鈴の手を握り締めて、歩いている。手の震えは止まっていたけれど、殆ど肩を寄せるようにしてくっついて歩いているのは、まだ、さっきの恐怖の余韻が残っているからだろうか。

 その横顔を見つめる。
 きっと、あの女性が変化したのは菫にあったからだ。
 鈴は思う。
 菫の優しさがあの女性を変えた。あの女性だけではない。おそらくは、道端のリーマン風の男も、足だけになった男も、緑風堂の猫たちも、あの社の狐も。菫に影響を受けて変わった。
 それが何を意味しているのか考えるのが、少し怖い。
 本人が望んでいなくても、菫は目立つ。鈴のような外見的な意味ではない。暗闇に生きる者には彼の優しさがまるで篝火のように見えるだろう。きっと、誰でも欲しくなる。
 今まで無事でいられたのは、幸運どころか奇蹟かもしれない。

「……鈴」

 そんなことを考えていたら、もう、駐車場の前まで来ていた。入り口を入って、車の方へと歩きながら、菫が名を呼んだ。

「なんですか?」

 車のキーを出すために、手を離してほしいのかと思い、離れようとすると、そうさせまいとするかのように菫の手が強く鈴の手を握った。

「……ごめん。な。また、面倒くさいのに引っかかってた」

 申し訳なさそうな、弱り切った顔で見上げてくる菫が危険に晒されるのは絶対に嫌だが、菫を守ったり助けたりすることを面倒くさいと思ったことはない。面倒くさいのはあくまで相手の人外であって、菫ではない。どんな面倒なことでも、菫が笑ってありがとうと言ってくれれば、それだけで報酬は十分だった。

「謝らないでください。菫さんがああいうの、放っておけないのは知ってます。ただ、できればああいうのを見つけたら、俺に教えてください。あんなのに菫さんが一人で会ってたかと思うと、怖いです」

 人ならざるものは意外とそこいら中にいる。『眼』の質によって見え方も、見える範囲も人それぞれだけれど、菫の目にはほとんど全てのものが見えていると思う。見えるようになったのは小学生の頃だというが、柔軟な心を持っている子どもとはいえ、よくおかしくならなかったと思う。
 ただ、菫は見ることしかできない。逃げる以外に対処法を知らない。それなのに、放っておけないと、あれらに近付く。
 今まで何もなかったのか不思議なくらいだ。

「……気をつける」

 じっ。と、菫の目が鈴を見つめる。だから、鈴も菫に視線を合わせると、菫は頬を僅かに赤くして、俯いてしまった。
 もっと、言っておきたい、言わなければいけないことはあったと思う。けれど、それ以上言ってしまうと、また、責めているようになるか、我儘にしか聞こえなくなるか、どちらかのような気がした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

処理中です...