真鍮とアイオライト 1

司書Y

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錨草と紫苑

4 ワンピースと菫 5

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「うん。わかってる」

 困ったような表情で、それでも鈴の顔をまっすぐに見て、菫は言った。

「遅番の日は大抵会うから。……あー。ほら。危ないじゃん。俺に見えてるんだから、車の人にも見えるかもしれないだろ? 避けようとして事故ったら困るし。
 それにさ。もしかしたら、何かのはずみで助けられることとか、あるかもしれなくない? 映像だってバグって変化することとかあるだろ? 何度も轢かれるとか……自分だったら……やだろ?
 けど……助けられたこと。一度もないし。
 だから、わかってる」

 寂しそうに呟く菫の瞳が何かを見つけて、揺らめく。青紫色の淡い光も、揺らめいた。

 ちりん。

 鈴の音。
 
 菫の視線の先にはまた、あの女性がいた。ふらふら、ふらふら。歩いている。
 ぶつぶつと、呟きは、さっきよりも、大きく聞こえた。

 どうして?
 どうして?
 すきだったのに。

 さっきの場面の再生のように、菫は鈴の腕を離れて、女性に手を伸ばした。けれど、届かずに車が走り去る。
 伸ばした手を菫がぎゅ。と、握りしめる。その肩は僅かに震えていた。

「菫さん」

 何か声をかけてあげたかった。菫の心を少しでもいい軽くしたかった。
 けれど、言葉が出てこなかった。
 どんな言葉を並べても薄っぺらい気がして、鈴は口を噤む。目の前で切ない表情をする恋人を慰めることすらできない自分が情けない。

「……ごめん。こんなこと、言われても困るよな?
 俺、見える人に会うの鈴が初めてだから、なんか、歯止めがきかなくなってるっていうか……」

 わざと作っているのだと分かる笑顔を向けられて、心臓が鷲掴みにされたような気がした。思わずその腕を引いて、菫の身体を腕の中に収める。

「……す……鈴?」

 人通りが殆どないとはいえ、往来でいきなり抱きしめられて、驚いたような菫の声。一瞬引き離そうとしたのか、ただの反射なのか、もぞもぞ。と、身体を捩ってから、菫は身体の力を抜いた。おずおずと、その手が鈴の背に回る。

「ありがと」

 聞き分けのない子供をあやすように菫の手がぽんぽん。と、背を叩く。それがいかにも子ども扱いで、けれど、自分にはそれがお似合いなのだと思うと、何も言えない。せめてもう少しでも自分が大人なら、その人を癒す言葉が見つかるのだろうか。菫を慰めたかったはずなのに、逆に慰められているようで、ひどくもどかしい。

「……鈴がいてくれて……」

 そこまで呟いた菫の言葉がまた、止まった。そ。と、菫の手が、鈴の胸に添えられて、身体が離れる。菫の視線の先にはまた、あの女性がいた。
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