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錨草と紫苑
4 ワンピースと菫 2
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鈴は自分がその他大勢の利用者とは違っていると信じている。菫にとっては図書館にいる間は同じなのかもしれないけれど、鈴にとっては違うのだ。
ただ、何故菫だけを特別に思うのか、考えたとき、もしかしたら、それすらも、他の人達と同じではないかと、不安になる。もちろん、10年近く心に抱き続けた思いが、他の誰かと同じものだと認めたくはない。
公園で出会ったあの日。鈴に向けてくれた優しさが、誰にでも向けられているものと同じだったとわかっても、鈴にとっては他に替れるものがない大切な思い出だった。
そんな小さなことで、心に靄がかかったようになっている自分が情けない。
菫はもともと童顔だが、見た目とは違って落ち着いている。司書と言う仕事のせいなのか物腰も柔らかいし、鈴と違って多岐にわたって知識を持っている。それなのに、時折、妙に子供っぽいところがあったり、不意にはしゃいで見せたり、少し拗ねたような表情をしたりするのだ。そんなところが可愛いと思う一方で、もしかしたら、鈴が年下だということを気にしているのを知っているから気を使ってくれているのではないかと邪推してしまう。本当にそんなことで気を遣わせているのであれば、情けないことこの上ない。
と。そんなことを考えているときに、スマートフォンのバイブ機能がLINEの着信を伝えてきたのだ。
菫の仕事も終わったらしい。菫が車を停めている駐車場はすぐそこだ。この分なら待たせずに済みそうだとほっとする。
それから、さっきまで情けない気分だったのに、今はもう、会いたいばかりが心の大部分を占めていた。自然と足は速くなる。
こんなところも子供みたいだ。と、鈴は意識的に歩調を緩めようと努めた。そんな自分を菫に見られたくない。息を深くして、空を見上げる。
真夏の夜には月もない。田舎とはいえ、飲み屋街は明かりが消えるような時間ではないから、星すら見えない空は黒というよりも、濃紺に近い。寒暖差が激しい土地柄のせいか、いつもなら夜になるとかなり涼しくなるのだが、夕方に降ったにわか雨のせいでムッとするような熱気に辟易する。
空には月も星もない。平日のせいか店に明かりはあるのだが、人の姿もない。とても静かな夜だった。
ちりん。
ふと。鈴が鳴る音がした。
いつもの、鈴の音だ。
しかも、耳元で聞こえてきたかのように近い。
もちろん、鈴を持ってはいる。ほぼ、肌身離さずに持っているのだ。けれど、それは肩にかけたバッグの中に入っていて、鳴ったとしてもこんな澄んだ音を、こんなに近くに感じることはないはずだ。
「菫……さん?」
鈴は思わず辺りを見回した。
ただ、何故菫だけを特別に思うのか、考えたとき、もしかしたら、それすらも、他の人達と同じではないかと、不安になる。もちろん、10年近く心に抱き続けた思いが、他の誰かと同じものだと認めたくはない。
公園で出会ったあの日。鈴に向けてくれた優しさが、誰にでも向けられているものと同じだったとわかっても、鈴にとっては他に替れるものがない大切な思い出だった。
そんな小さなことで、心に靄がかかったようになっている自分が情けない。
菫はもともと童顔だが、見た目とは違って落ち着いている。司書と言う仕事のせいなのか物腰も柔らかいし、鈴と違って多岐にわたって知識を持っている。それなのに、時折、妙に子供っぽいところがあったり、不意にはしゃいで見せたり、少し拗ねたような表情をしたりするのだ。そんなところが可愛いと思う一方で、もしかしたら、鈴が年下だということを気にしているのを知っているから気を使ってくれているのではないかと邪推してしまう。本当にそんなことで気を遣わせているのであれば、情けないことこの上ない。
と。そんなことを考えているときに、スマートフォンのバイブ機能がLINEの着信を伝えてきたのだ。
菫の仕事も終わったらしい。菫が車を停めている駐車場はすぐそこだ。この分なら待たせずに済みそうだとほっとする。
それから、さっきまで情けない気分だったのに、今はもう、会いたいばかりが心の大部分を占めていた。自然と足は速くなる。
こんなところも子供みたいだ。と、鈴は意識的に歩調を緩めようと努めた。そんな自分を菫に見られたくない。息を深くして、空を見上げる。
真夏の夜には月もない。田舎とはいえ、飲み屋街は明かりが消えるような時間ではないから、星すら見えない空は黒というよりも、濃紺に近い。寒暖差が激しい土地柄のせいか、いつもなら夜になるとかなり涼しくなるのだが、夕方に降ったにわか雨のせいでムッとするような熱気に辟易する。
空には月も星もない。平日のせいか店に明かりはあるのだが、人の姿もない。とても静かな夜だった。
ちりん。
ふと。鈴が鳴る音がした。
いつもの、鈴の音だ。
しかも、耳元で聞こえてきたかのように近い。
もちろん、鈴を持ってはいる。ほぼ、肌身離さずに持っているのだ。けれど、それは肩にかけたバッグの中に入っていて、鳴ったとしてもこんな澄んだ音を、こんなに近くに感じることはないはずだ。
「菫……さん?」
鈴は思わず辺りを見回した。
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