真鍮とアイオライト 1

司書Y

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錨草と紫苑

4 ワンピースと菫 1

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 仕事終わったよ。

 と、菫からLINEが入ったのは、8時20分を少し回ったときだった。それを見て、鈴は歩みを早くする。待ち合わせの時間にはまだ間があるけれど、足が早くなるのは止められなかった。

 図書館で菫と後で会おうと約束した後、S駅近くの居酒屋で数人の仲間と落ち合った。合流して、飲み始めた途端、『8時には帰るから』と、宣言したときには、付き合いが悪いと散々文句を言われた。そもそも、鈴のために集まっているのに、鈴がいなくなってしまったら意味がない。と、説教された。主に女子に。後から入れた約束を優先するのは、さすがに悪いとは思いながらも、体調が悪いから早く帰りたいとか、苦しい言い訳をして、無理矢理仲間を納得させた。

 もともと、鈴はあまり付き合いが良い方ではない。何かにつけて集まっては飲み会を開く仲間からは一歩引いている。別に彼らが嫌いなわけではないけれど、流行っている歌や動画の話についていくために時間を使うなら、まだ知らない建築のことを、識りたい。そして、それ以上に、鈴は一分でも長く菫と一緒にいたいし、菫のことを考えていたいたかった。

 さんざん引き止められながらも、8時15分を過ぎた頃にほぼ強引に酔っぱらった女子の腕を引きはがして、仲間を残して、鈴は居酒屋を出た。女子数人が、駅まで送るよ。と、言うのをなんとか居酒屋の出口までで妥協させて、そそくさと自動ドアを潜る。
 外はまだむっとするような熱気に包まれていた。仕事が終わったら連絡すると言っていた菫からLINEはきていない。
 ただでさえ暑いのに、遅くなってしまって、気が急いて、つい早足になってしまうから、歩きだすとすぐに汗が吹き出してきた。

 はやく、菫の顔が見たい。

 鈴は思う。
 だから、余計に足は速くなった。

 歩きながらその顔を思い浮かべる。
 鈴は自分が標準より容姿が整っていることは理解している。モテないよ。なんて、謙遜する気もない。ただそれは、なにもない山林より、有名景勝地に人が集まるのと同じで、偶然見た目のパーツの配列のバランスがうまくいっただけの話だ。鈴の努力でどうなるものでもないし、褒めるなら父と母を褒めてほしい。
 けれど、菫のそれは鈴とは違う。
 菫の人間性の美しさが人を惹きつけるのだ。建築物の造形と同じ。誰かの努力とか、経験とか、良くあろうとする心とか、そんなものがそこには介在している。いや、介在していると言うよりも、それが菫の魅力の大部分なのだ。
 だから、惹かれずにいられない。
 だから、菫は老若男女問わずにモテるのだ。

 そんな結論に至って、また、ため息が漏れる。
 きっと、図書館司書は菫には天職だ。仕事に対する熱意も、本に対する情熱ももちろんだけれど、何より人に対する優しさが、問題や疑問を持って訪れる利用者にささるのだろう。
 だからこそ、菫はモテる。
 困っているときに優しく導いてくれる人に好意的にならないほうがおかしい。
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