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錨草と紫苑
3 イジワルおねえさんと鈴 4
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「ど。した? 何か。本、探してる?」
言葉を選ぶように躊躇いがちに菫が言う。
声をかける気はなくて、今日は顔を見られたらすぐに帰るつもりだった。あんまり、べったりと張り付いて、ウザいと思われたくなかったし、仕事の邪魔にもなりたくなかった。
けれど、気付かれてしまっては仕方ないと、鈴はカウンターに近付く。
「いえ。あの。身体大丈夫かなと。思って」
少し控え目な声でそう言うと、また、菫は頬を染めた。
「……実は。そこら中。筋肉痛。運動不足だな」
頬を染めながらも、はにかんだような笑顔に場所もわきまえずに思わず抱きしめたくなった。照れているからなのか、合わない視線を自分の方に向けたい。このまま、腕を引いて強引に連れて行きたい。つい、そんなことを考えてしまう。
「次は。こんなことないように……筋トレしようかな。や。ストレッチとかの方がいいかな?」
次。なんて言葉をこんなところで言うなんて、ズルい。
そんなことを心配しなくても、『次』は、優しくするから。鈴は思う。最初だったから、菫の身体を気遣う余裕が鈴にはなかった。10年近く想い続けた人をやっと手に入れられると思ったら、歯止めなんて跡形もなくなった。でも、『次』を許してくれるなら、もう、そんな思いはさせない。大体、菫の身体が出来上がるのを待てる気がしない。今だってもう、堪らない気持ちになってしまっているのだから。
「……すみません。無理。させて」
本当は、仕事が終わったら会えないかと誘いたかった。けれど、口から出た言葉は全く関係のない一言だった。我儘を言って疲れている菫を困らせたくない。
「無理?」
しかし、鈴に言葉に菫は驚いたような表情をして、ようやくその目が鈴の視線に重なった。
「ああ。うん。でも、鈴に無理させられたわけじゃないし……」
呟くように言ってから、菫ははっとした。それから、また、顔を赤くする。
「今日。忙しい?」
耳打ちするみたいにこそ。っと、菫が言う。
「いえ」
忙しくない。と、言えば嘘になる。本当はこのあと、大学の仲間が誕生日を祝ってくれると言っているのだ。仲間たちは気を使って誕生日当日は明けてくれていた。もともと、菫とも約束はしていなかったのだが、何もないと当日に祝ってもらうことも、誕生日なんて今更祝わなくてもいいとことも、断らなかったのは単に断るほどの理由もなかったからだ。結果的には菫と過ごせたのだから、明けておいて正解だった。
だから、今日は、もうすぐ待ち合わせの時間だった。
「今から『少しだけ』用がありますけど、8時半くらいなら、戻ってこれます」
祝ってくれると言ってくれている仲間に心の中で手を合わせる。けれど、鈴にとっては菫以上に大切なものなんてなかった。
「あ。じゃ、少しだけ、会える?」
鈴の答えに菫の表情が明るくなる。その顔が他の人に向けるより、輝いて見えるのは、何らかの補正でもかかっている見えているからなのか、本当にそうなのか、鈴には判断がつかなかった。
「はい」
頷くと、菫は内緒話でもするように、口元に掌を添えた。
「じや、俺の駐車場で……」
そう、呟いたときに、他の利用者が入り口のセンサーの間を通って現れた。カウンターの下で小さく手を振る菫。やはりはにかんだような笑顔を浮かべて、仕事に戻る。
可愛い。
思わず口に出しそうになって、慌ててカウンターから離れながら、鈴は仲間たちにどうやって言い訳しようか。なんて、考えていた。
言葉を選ぶように躊躇いがちに菫が言う。
声をかける気はなくて、今日は顔を見られたらすぐに帰るつもりだった。あんまり、べったりと張り付いて、ウザいと思われたくなかったし、仕事の邪魔にもなりたくなかった。
けれど、気付かれてしまっては仕方ないと、鈴はカウンターに近付く。
「いえ。あの。身体大丈夫かなと。思って」
少し控え目な声でそう言うと、また、菫は頬を染めた。
「……実は。そこら中。筋肉痛。運動不足だな」
頬を染めながらも、はにかんだような笑顔に場所もわきまえずに思わず抱きしめたくなった。照れているからなのか、合わない視線を自分の方に向けたい。このまま、腕を引いて強引に連れて行きたい。つい、そんなことを考えてしまう。
「次は。こんなことないように……筋トレしようかな。や。ストレッチとかの方がいいかな?」
次。なんて言葉をこんなところで言うなんて、ズルい。
そんなことを心配しなくても、『次』は、優しくするから。鈴は思う。最初だったから、菫の身体を気遣う余裕が鈴にはなかった。10年近く想い続けた人をやっと手に入れられると思ったら、歯止めなんて跡形もなくなった。でも、『次』を許してくれるなら、もう、そんな思いはさせない。大体、菫の身体が出来上がるのを待てる気がしない。今だってもう、堪らない気持ちになってしまっているのだから。
「……すみません。無理。させて」
本当は、仕事が終わったら会えないかと誘いたかった。けれど、口から出た言葉は全く関係のない一言だった。我儘を言って疲れている菫を困らせたくない。
「無理?」
しかし、鈴に言葉に菫は驚いたような表情をして、ようやくその目が鈴の視線に重なった。
「ああ。うん。でも、鈴に無理させられたわけじゃないし……」
呟くように言ってから、菫ははっとした。それから、また、顔を赤くする。
「今日。忙しい?」
耳打ちするみたいにこそ。っと、菫が言う。
「いえ」
忙しくない。と、言えば嘘になる。本当はこのあと、大学の仲間が誕生日を祝ってくれると言っているのだ。仲間たちは気を使って誕生日当日は明けてくれていた。もともと、菫とも約束はしていなかったのだが、何もないと当日に祝ってもらうことも、誕生日なんて今更祝わなくてもいいとことも、断らなかったのは単に断るほどの理由もなかったからだ。結果的には菫と過ごせたのだから、明けておいて正解だった。
だから、今日は、もうすぐ待ち合わせの時間だった。
「今から『少しだけ』用がありますけど、8時半くらいなら、戻ってこれます」
祝ってくれると言ってくれている仲間に心の中で手を合わせる。けれど、鈴にとっては菫以上に大切なものなんてなかった。
「あ。じゃ、少しだけ、会える?」
鈴の答えに菫の表情が明るくなる。その顔が他の人に向けるより、輝いて見えるのは、何らかの補正でもかかっている見えているからなのか、本当にそうなのか、鈴には判断がつかなかった。
「はい」
頷くと、菫は内緒話でもするように、口元に掌を添えた。
「じや、俺の駐車場で……」
そう、呟いたときに、他の利用者が入り口のセンサーの間を通って現れた。カウンターの下で小さく手を振る菫。やはりはにかんだような笑顔を浮かべて、仕事に戻る。
可愛い。
思わず口に出しそうになって、慌ててカウンターから離れながら、鈴は仲間たちにどうやって言い訳しようか。なんて、考えていた。
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